2017年3月26日日曜日

Break The Records presents War for Peace Vol.5@新宿Antiknock

日本は姫路のネオクラストバンドsekien(赤煙)が解散後、メンバーが新たに立ち上げたバンドがKUGURIDO。デモリリースでも話題を呼んでいたが、2017年満を辞してBreak The Recordsから、愛知は岡崎のハードコアバンドDIEAUDE(ダイオード)とのスプリット「叫鬥(「きょうとう」と読む)」をリリース。リリースを記念したライブが東京で行われることになった。KUGURIDOはこのライブが初ライブになる。つまり初ライブが地元の外。スプリットはそこまで聴き込めてなかったけど、sekienのライブはすごかったので新宿のAntiknockに見に行ってきた。
Coffinsのあたけさんが言っていたがなんとも形容しがたい取り合わせのライブだった。

NoLA
一番手は東京のNoLA。ライブを観るのは2回目かな。Redsheerとのスプリットリリース以来。改めて見るとその勢いに圧倒される。出している音としてはハードコアなのだろうけど、どうしてもドゥーム/スラッジの泥濘感があるような気がする。バンド名(Nolaはニューオーリンズ・ルイジアナの特定の音楽を指す言葉でもあるので)からの先入観もあるだろうが。しかしフレーズの語尾をだるい感じに引き延ばす感じ、そして何より速度のコントロール、というよりは低速パートはハードコアのそれというよりはスラッジのそれを彷彿とさせる。ただ早いだけではなくてハンマー投げの射出する前の状態のよう。つまり遠心力。思い何かをぐるぐるぶん回す。その楽しさがあるなと思った。ボーカルの人の動きも激しく一番手としてはうってつけのアクトだった。

No Excuse
続いて同じく東京を活動拠点にするハードコアバンドNo Excuse。Break The Recordsから音源をリリースしているらしい。この度初めて聞くし、見る。4人組のバンドでメンバーの立ち居振る舞い、衣装でハードコアパンクバンドだとわかる。調べてみるとジャパニーズ・ハードコアの系譜に連なる音楽を演奏するバンドで、とにかくストレートに攻めてくる。ドラムは勢いのあるD-Beat、ベースの音は尖り、ギターは分厚い中域が強調された温かみのある音であまりミュートを使わないハードコアらしい演奏。ジャパニーズ・ハードコアはとにかく恐ろしい伝統の世界、というような先入観があるのだけどこのバンドを見るととても親しみやすくて曲を知らなくても楽しめた。非常にキャッチー。ボーカルはひたすら叫んでいるのだけど、一つはメロディラインというかコード進行がそれとわかるような軽快なメロディアスさを持っていること。それから熱くそしてシンプルなシンガロングパートがある曲が多いこと。これは盛り上がる。性急な感じのギターソロも多めでかっこよかった。この間音源を聴いたThink Againに似ているけど、こちらの方がシンガロング多めでその代わりボーカルはよりハードコア。だけどむしろNo Excuseの方がキャッチーかも。

Terror Squad
続いては1992年に東京で結成されたスラッシュメタル/ハードコアバンド。私はこの間リリースされた兵庫のSwarrrmとのスプリットを持っているので聞いたことはある。ライブに行くにあたり他の音源も聴いてみようかなと思い、youtubeで調べたらヒップホップユニットのMVばっかりひっかかる。やって見て。
転換の時は明らかにベテランの佇まいだな〜と思っていたけど始まってみたら、めちゃくちゃ熱い。ボーカルの人はNoLAのボーカルと同じくらいアクティブだった。とにかく細かく早く刻むギターがスラッシー。スラッシュメタルだと思ったんだけど、よく聞くとそうじゃない、というかそれだけじゃない。まずボーカル、スラッシュならこんなに顔真っ赤にして叫ばない。そしてベース(ベースの人はMelvinsのバズみたい、もしくはガンズのスラッシュ。)はよくよく聞くとめっちゃグルーヴィ。かっちりしているけど根底にはMotorheadから連綿と続くロックンロールのグルーブがある。この縦横のノリを維持したまま速度を上げると、確かにハードコアっぽくも聞こえるから不思議。初めはギターの音量が小さいかな?と思ったけど次第に良い感じの仕上がりに。拳を振り上げるのが楽しかった。ボーカルの人の笑顔が素敵でした。

Coffins
次いで東京のオールドスクール・デスメタル、Coffins。結構見ている。つなりいろんなイベントに呼ばれているってことなんだろう。この日は割とハードコア色の強いイベントだったけど、このバンドはきちんと自分たちの役割をわかっている。いつも通り徹頭徹尾暗くて重たいデスメタルをプレイ。ただ比較的コンパクトな楽曲をプレイしていたと思う。這い回るような、引きずるようなドゥーミィなリフは間違いなくオールドスクール。重たく吐き捨てるボーカルに全くメロディがないので、剛腕リフをぶん回してそこにグルーブを生み出すバンド。一見全く優しくないのに棒立ちで聞くバンドではないのはひたすらすごい。この日はいつもより高音〜中音域のソロが映えていたように思う。特に中音でうごめくように弾くフレーズは個人的にはツボ。ドラムの人は軽く叩いているように見えるのになんで音があんなにでかくて、そして正確なのだろうか。Coffinsはライブのたびにドラムがすごいな、ドラム…ってなる。

DIEAUDE
さていよいよスプリットの片方、愛知は岡崎のダイオード!4人組のバンドでドラム、ベース、ギターに加えてボーカル。佇まいもそうだが鳴らす音もNo Excuseに似ている。つまりジャパニーズスタイルのハードコア。突進する演奏陣に野太く、男臭いボーカルが怒号を乗せる。No Excuseと違ってキャッチーさはない。シンガロングはあるんだけど頻度が少ないし、初見で乗るのはちょっと難しい。ロックの香りがするギターソロもない。その代わりミュートを多用したり、音の数が多かったり技巧的な「テクニカル」さではないが独特の音づかいをしていた。フロアは盛り上がっている。拳が振り立てられ、体の動きが激しい。私が感じたのは語弊があるかもしれないが「ヤンキー感」である。これは決して悪い意味ではない。そしてダサいという意味でもない。ただ東京で幅を利かせているお洒落と行かないまでも洗練された様式とは明確に異なる。粗野な勢いがある。頭で考えるけど、フィジカルにも重きを置いているようなアティテュードが感じられるような。その勢いというのがこのアウェイの地でも今までの経験に裏打ちされた自信ゆえだろうか、確固たるものとして私の目には何かしらの異質なものとして見えた。ライブを見て面白いのは「なんだか説明できないけどすごいものを見ている」という感動で半笑いになってステージを見上げる時なんだけど、この日はこのDIEAUDEはまさにそうだった。音自体はあくまでもハードコアで奇を衒うことは全然ないんだけど、何か別のものを感じてしまった。

KUGURIDO
続いては播州播磨、つまり兵庫の姫路のKUGURIDO。メンバーがこのバンド結成する前にやっていたsekienはすごかった。khmerの来日で見た時は両者の違いにネオクラストというのは考え方やアプローチであるのかなと思ったものだ。この日のバンドで唯一ボーカルが専任ではなく(ベーシストが歌う)、また唯一バンドのフラッグをステージに飾った。「HIMEJI CITY HARD CORE」と書かれたそのフラッグは東京の地で非常に誇り高く見えた。ドラム、ベース兼ボーカル、ギターの3人体制。この日が初ライブ。
実はこの日一番難しいバンドだったのでは。sekienに比較するとボーカルの登場頻度がやや減ったように思う。代わりにギターの変幻自在さが否応でも目立つ。とにかく1曲の中に多様なリフとフレーズが詰まっている。ただテクニカルかというとそんなことはない。ミュートをあまり多用しないリフはハードコア的だし、ボーカルがぶっきらぼうな分、ボーカルの後ろで、それからボーカルがないパートではそのメロディアスさを存分に発揮している。力強さと叙情性を併せ持つギターと酷薄といってもいいくらい前に進むボーカルの対比、ここはこの日SEとして繰り返しなっていたTragedyに似ている。ただネオクラストに対する回答がsekienだったように、やはりTragedy的であっても決してTragedyのコピーではないということだろうか。異形の新しさが”これから”の期待を煽る、そんなライブだった。

今回スプリットを出した主役の二つのバンドはともに東京から離れた土地で活動するバンドで、やはりどうしても東京のシーンとは違いがあるように思った。そしてその異質さこそが面白さなのでは。逆説的に東京がダサくて地方がクールだ、無論そんなことはない。存在しないユートピアとしての他所ではなく多様性の問題であって、この差異は例えば地方ごとに築かれたシーンの伝統(3la水谷さんより)にその要因を求めることができるだろう。「インターネットで均質化さ」れるとはよく聞くフレーズだが、均質化されているのはあくまでも受取手に過ぎないのではないかなと思った。多様性こそがきっとシーンを活性化させる。それは音楽だけではなく。そんなことを考えて楽しくなった。DIEAUDEのCDとKUGURIDOのT-シャツ(デザインがカッコ良いのよ〜)を買って帰宅。

2017年3月25日土曜日

Fall Silent/Drunken Violence

アメリカはネヴァダ州リノのハードコアバンドの3rdアルバム。
2002年にRevelation Recordsからリリースされた。
1994年に結成されたバンドで3枚のオリジナルアルバム、その他の音源をリリース。2003年ごろに解散したのだが、どうも最近再結成したようで7インチを15年ぶりの2017年にリリース。それが話題になりバンドを知った私がなんとなく買ったのがこのアルバム。新作のEPは聴いていないです。

酒ビンを呷る兵士が運転する戦車(馬で動くやつ)が天使をひいているものや、同じく酔っ払いが酔いつぶれているのかと思いきや自分の頭をでっかい銃で打ち抜いているものなど、なんともファニーかつ不穏なアートワークが大胆に使用されている。タイトルは「酔っ払った暴力」、なんとも嫌な結果しか引き起こさなそうな言葉だ。
中身の方はというとハードコアなんだけどかなりメタリック。90年代〜00年代の音だからもちろんハードコアといえど明確に音楽としてのメタルから影響を受けているのは珍しくないのだけど、このバンドはかなりメタリック。どこかというとギターの音が。艶のあるソリッドな音に仕上げられていて、ハードコア特有のざらついた荒々しさがあまりない。それがとにかく刻みまくる。当時の特有の音の質感もあってスラッシュメタルみたいにグイグイ刻んでくる。グルーヴというかひたすら高速に刻んでくる。勢いがあるのが醍醐味だったスラッシュメタルにしても色々な多様性を技巧でアピールしてきたんだろうから、ここまで極端なのは個人的にはジャンルに関係なく新鮮に聞こえた。どっちかというと速さと重さを追求したオールドスクールなデスメタルっぽさも感じられるかもしれない。そういった身ではメタルの音をハードコアのテクスチャに貼り付けた(コピペって意味ではないです)のかな?って気もする。というのも、まとめて聞くと(デス)メタルっぽくは聞こえないのだ。これはハードコアだなとわかる。ギターがメタリックなのだけど、軽く抜けの良いドラムと、ゴロゴロ尖ったベースはハードコアの香りがするし、何より甲高いボーカルはメタルにはあまりないのでは。メタルのとにかくハイトーンなそれとは違う。声がクリアなので時に非常に幼く聞こえる。順序が逆だけど現行の日本のハードコアバンドShut Your Mouthのボーカルに似ている。メタル要素を「貼り付け」たというのはギター以外もあいまってハードコアでまとめられているから。ミクスチャー感、ごった煮感はあまりない感じ。跳ねるような縦ノリ。速度の頻繁な変更(例えばパワーバイオレンスなど現行の激しい音楽と比べるとその以降は非常にスムーズ)など、ハードコアの醍醐味がこれでもかというくらい曲の中に詰め込まれている。
ここら辺の多ジャンルの要素を取り込みつつ、どこまで行ってもハードコアというのはやっぱりニュースクール・ハードコアという感じがする。
ちなみにアルバムの中でも異色なHeartというバンドのカバー曲「Barracuda」ではバンドのメタリック成分をややユーモアを交えて誇張して表現しているようでそこら辺も面白い。(ただ結構原曲に忠実。)

ちなみにブックレットのノーサンクスリストには「テレビゲーム」とか「Puff Duddy」とかあって面白かった。「アル中」ともあるから結構厳格なハードコアなのではと思う。かなりかっこいい。新作も聞いてみるつもり。

マイクル・コナリー/転落の街

アメリカの作家によるハードボイルド/警察小説。
この作者の作品は初めて読む。面白そうなあらすじと良い評判で購入。

LAPD(ロサンゼルス市警)強盗殺人課未解決事件班で働くハリー・ボッシュ。彼は60歳の定年を迎えたあとも定年延長選択制度により警察で働き続けていた。ある日1989年に発生した19歳の女性の暴行殺人現場に残された血液が前科のある人物のそれと一致することが判明。ところがその人物は当時わずか8歳であった。ハリーと相棒のチューは一筋縄では行かなそうな雰囲気を感じつつ事件に取り組む。しかし時を同じくして警察に対して大きな権力を持つ市議の息子がホテルから転落死を遂げ、市議は因縁のあるハリーに捜査の指揮をとれと直々に指名してくる。政治の絡む事件は複雑だ、頭を抱えつつハリーは二つの難事件に挑む。

ハリー・ボッシュを主人公とした一連のシリーズのなんと15作目!ということだ。前述の通り作者の他の作品は読んだことがない。
とにかく読みやすく、また物語も謎に次ぐ新たな謎といった展開でのめり込ませる求心力は相当。ストーリーが練られていて破綻なくきちんと収まるところに収まる、という警察小説の見本みたいな小説。上下に分かれているが結構あっという間に読むことができた。
じゃあ面白かったかというと実はそんなことはなかった。上巻を読み終えるところまでは楽しいな〜という感じだったのだが下巻を読み進めるうちに頭に疑問符が浮かんでしまった。よくできているがゆえに綺麗に収まりすぎている印象。円熟しきってしまっているような。全ての物語は作為的であるから、だいたい筋があってそれに沿って事件や出来事登場人物が並べられるのだけど、それでも一つ一つはいかにも偶然によって噛み合いつつ、現実と同じようにラストに向かって落ち込んでいくわけなのだけど、この小説はどれもスムーズにいきすぎていてどうにも感動が薄い。明らかに都合が良すぎ。女にモテるボッシュ(なんかめんどくさい女に振り回されて困るそぶりを見せるけどあくまでも女の方がめんどくさいという男臭い書き方)、片親だけど娘と良好な関係を保っているボッシュ、押しが強く仲間思いだが手柄は独り占めにしたいボッシュ(それならそうといえば好感持てるのに)、自分の能力に衰えを感じるけど崇高な正義のためには結局働き続きたい強いボッシュ(やる気がないのが悪に直面して奮い立つならいいけど、能力不足だけどやっぱやるわってどうなんだろう)とにかく主人公ボッシュが強すぎ。別にジャズが好きな家に帰らない父親に対して理解のある高校生の娘がいたって、女にモテても、若い部下が使えなくても、喧嘩に強くても全然良いんだけどそれらが全部のせ!ってなると読んでいるこっちは冷めてしまう。ちょっと前から北欧の警察小説が盛り上がっているけど、ヘニング・マンケルの刑事ヴァランダーシリーズをあげるまでもなく、凄惨な事件とそれを追う刑事の個人的な問題を一緒の直線上に乗っける手法が今では結構メインなのかもしれない。どれもそんな作りだった。この小説だと老年を迎えるハリーにもそんな色々な悩みがあるんだけどどれも本当っぽくない。全部がそうすることで小説が盛り上がるんでしょ?って計算で配置されている感じ。(前述の通りそれ自体は悪くないんだけど書き方がおざなりすぎて本当っぽさがないんだ。)
個人的には警察小説の面白さというのは、善悪という概念に対して絶対的正義の側にある警察官が矛盾を感じつつも、現実的な事件を落着に落とし込まなければならない、というその葛藤にあるわけで、この小説はそれがあんまりない。さすがに一番最後で組織の正義と、個人の正義の対比を持ってきてそこはさすがに抑えてきたか、という感じだったけどそれも技巧的にしか感じられなかった。初めっから正義を盲信しているみたいでなんだかな…という感じ。主人公は色々悩んでいる、迷っている、と書いているのだけど本当の失敗は実はしていない。本当に恥ずかしい思いはしていない。”かっこよさ”の殻に守られていていたい目には合わないようにできている。だから読者の私はそんな彼に共感できないというか、逆に「うげー」となってしまったのである。ひょっとして私は異常に嫉妬心が強くてひたすらイケメンが活躍する話にジェラシーを燃やしているだけなのだろうか?と地頭してしまった。それとももっと凄惨な話でないとぐっとこないのだろうか?

読みやすいからといって面白い小説は限らないんだなあと思った。これが世間一般にひどい小説だとは言わない(個人的にはそう思っているけど)けど、小説というかフィクション、というかノンフィクションでもいいんだけど物語に何を求めるのか、ということで私には合わなかったようだ。ただ非常によくできたうまい小説だと思う(ドラマ化されたり人気はすごいあるみたい)ので、ひたすらおじさんが活躍する物語を読みたいんだ!という人にはうってつけではなかろうか。私はもうこの人の小説はこれだけで良いかな。

V.A./KEEP AND WALK 10th Anniversary Compilation

全国に展開するレコードショップdisk union傘下のレーベルKEEP AND WALK Recordsのコンピレーションアルバム。
2017年に自身のレーベルからリリースされた。
タイトル通りレーベルの創立10周年を記念してリリースされたもの。アートワークはyuvikiri-zukeiことkamomekamomeのボーカリスト向さんの手によるもの。二つ折りになった紙のジャケットとソフトケースに包まれた簡素なスタイルだが、これはおそらく値段を下げてなるべく手に取ってもらおうという意図だと思う。
全部で16バンドが1曲ずつ提供しており、全てが新録音された新曲(未発表曲)ということらしい。非常に贅沢なアルバムで、収録バンドの中には現在活動停止中のものもあるとか。

一つのレーベルが関係のあるバンドの既存曲から選択して行けばそれはレベールのこの植えない名刺になるだろう。このアルバムは全て新曲で構成されてるので過去に加えて現在進行形の現状と未来を提示している意味で面白い。収録バンドは全て国内のバンドというのも明確なレーベルの姿勢が見て取れる。
全部で16曲、バリエーションはあるが軸になっているのはハードコアだと思う。そのぶっとい背骨が一本アルバムを貫いている。面白いのはかなり日本的なハードコアに特化しているなと思う。後半Blindsideから後ろはかなりピュアで攻撃性の高いハードコアが展開されるのだが、それ以外は結構フックのあるバンドが多い。カオティックというとちょっと違って、クリーンボーカルの頻度と重低音に偏向していない音作り、クリーンボーカルの登場頻度、そしてメロディアスさを鑑みると激情ハードコアっぽい。ここでいう激情は例えばOrchidやYaphet Kottoのような始祖的なバンドではなくて、それらを父母に持ちながらも独自の進化を遂げたenvy以降の激情のこと。(私はこっちから入ったもんで激情というとどうしてもenvy...!となってしまうのだ。)歌詞は日本語で乾いた音のハードコアを基調としつつ一旦その曲構成をバラバラに解体して、そこに叙情感をニューススクール・ハードコアとは別の観点から注入して再構成したもの。激しいパートに加えて、アルペジオに象徴されるゆったりとしたアンビエントなパートを対比させる曲構成。ドラマチックかつ空間的でじわっと広がっていくようなドラマティックさ。
と言ってもこのコンピレーションの場合は”哲学”(というよりは衒学と言ったら怒られるかもだけど)的な崇高さを希求するというよりはもっと聴きやすい、聴き手にもストレートに届く、ポピュラーなロックの要素を曲に持ち込んだバンドがおおい。だから非常に直感的に聞こえて、楽しめる。いわば実際的であって「歩き続ける」という前向きなレーベル名、そしてその特色をよく表していると思う。そんな中でも妖しい歌謡曲的な雰囲気をプンプンに放出するマシリトだったり、やっぱり圧倒的に黒いisolate、鋭くシリアスなNervous Light of Sundayなどそんな中にも振れ幅の極端なバンドが同時に違和感なく収録されているのが、コンピレーションの醍醐味という感じ。
時に青臭いほどに真っ直ぐな歌詞がこのジャンルでは大きな特徴だと思う。おそらくコストの関係でオミットされた歌詞をオフィシャルHPで補完されているので是非曲と合わせてどうぞ。

これからの季節にぴったりのコンピレーションだな〜と思う。日本らしさはともすると悪い意味でも使われることが多いけど、むしろ明確に日本の特定のハードコアをぐっと提示する力強さはかっこいい。この手の音楽が好きな人は是非どうぞ。

2017年3月19日日曜日

フィリップ・K・ディック/高い城の男

アメリカの作家によるSF小説。
最近Amazonがリドリー・スコットに指揮をとらせてドラマ化して話題になっている作品。そういえばと思って買って見た。ドラマの方は見ていない。まずは原作からという気持ちで。ディックの熱心なファンというわけではないがどうしてもSFを読もうとなると映画「ブレード・ランナー」の原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」は避けて通れないわけで。その作品を筆頭に長編「ユービック」「流れよ我が涙、と警察官は言った」、そしていくつかの短編集を読んだりした。日本人はフィリップ・K・ディックが好きなんだと思う。結構今でも新しく邦訳されている事実を鑑みると。

第二次世界大戦で枢軸国が勝利した世界。アメリカはドイツと日本が分割統治していた。
古物商ロバート・チルダンは日本人の官僚田上からの無理難題に喘ぎ、田上はスウェーデン人の実業家バイネスとの会談を前に気を揉んでいた。腕のいい職人のフランク・フリンクは些細なことで工場の仕事をクビになり途方に暮れている。フランクの別れた妻ジュリアナは偶然であったイタリア人の長距離運転手ジョーと懇ろになる。戦後”普通”の世界で普通の人々の生活にとある陰謀が見え隠れし始める。

群像劇というか、登場人物が多くしかも微妙に全ての人が周縁部にいるというか、王道なら身分もバラバラの登場人物たちが次第に集まってきて大団円に向かうわけでもなし、またそのカタストロフィがほのめかされるのも”噂”だったりして結構物語としては捉えどころがない。
フランクが主人公を務める抑圧から歴史のない未来が芽生えるという一つの筋はなるほど特にアメリカ人には受けが良いのかなと思う。(作中でもこの新しい芸術はアメリカ人にしか受けていないのが露骨に示されている。)また歴史のもしもを考えるのはやはり面白い。あの時ああしていれば、って誰にもあるわけだから。個人的なそれなら一番だが、そこは小説なので誰にでもわかる分岐点(この小説は1962年に発表された)が世界大戦だったわけだ。歴史好きは枢軸国側が勝利を収めた世界の設定を考えるのがさぞや面白いのだろうと思う。自分は歴史さっぱりなのでそこまで。
じゃあ何かと言うと個人的にはこれは世界が終わる話を描いていると思った。世界はとかく創作では終わりがちだが、その中心にいる人(または巻き込まれて否応無く中心に引っ張られた人)がその破滅を防ぐために奔走するというのが筋になっていく。非常に派手で面白いのはもちろんだが、実際に世界が終わるとしたら陰謀が渦巻き、そして多くの偶然によって粛々となされていくのではあるまいか。市井の人はきな臭さを感じつつも、意外にそれにほぼ直面するまで気がつかないのではないか。こういうふうに考えてしまうんだけど、この小説はそんなひっそりと終わりつつある世界を描いているのではあるまいか。なるほどスパイや政府の高官たちが出てくるが、彼らも位置は中心に近くても当事者ではないのである。傍観者と言っても良い。自分の役目をわきまえていてそれを逸脱することはない。田上しかりバイネスしかり、「自分はやるべきことはやった」という諦観めいた無力感に襲われているように見えた。考えても欲しいのだが、常に日々のことが大切で、大きすぎる問題に関しては現実感がなくはないだろうか?「世界が終わるんだ!」と言われて実際にあなたは何かするかな?程度や伝え方にもよるだろうけど。割と高い身分にいる人でもそれはそうで、だからやたらと決断を易(古代中国の占い)に頼ることになる。そうでないと判断がつけられないし、自分の判断には根拠や理由の後押しが欲しいからだ。このもしもの世界は別に格別霊力があるそれではないと思う、個人的には。当たるも八卦当たらぬも八卦、でこの世界と50歩100歩なのでは。(そういった意味ではこの世界でも責任ある人の多くは占いに頼っているかもね。)そんな人間のサガを書いている作品なのではないかと思った。

割と注目度の高い作品だと思うので、ドラマを見て気になっている人は原作を読んで見るのはいかがでしょうか。ちょっと調べて見るとだいぶ内容が違うみたいだけど。

ENDON/Through The Mirror

日本のノイズ/バンドの2ndアルバム。
2017年に日本のDaymare Recordingsからリリースされた。
ENDONは2006年に結成されたバンドで今はドラム、ギター、ボーカルに加えてノイズのメンバーが2人いるちょっと変わった体制のバンド。
今回の新作は日本のバンドとしては初めてConvergeのギタリストKurt Ballouと彼のGod City Studioで録音・プロデュースされるということで発売前からかなり期待値が高かったと思う。

ENDONには歌があるのだが歌詞がない。ずっと意味のない音を叫んでいることになる。ノイズを激しく噛ませたバンドなので非常にその主張することは謎に包まれているのだが、今回リリースに合わせたプロモーションということもあって色々なメディアに直接的な言語で新作やバンドについてのステートメントが発表されていて、それが彼らに対する情報不足を補完するという以上に単純に読んでいて非常に面白い。
私が読んだのはメンバーの一人名倉さん(弟)がアルバムの曲目ごとに短編小説を書くCDJournalの一連の連載(今の所まだ連載中)、ディスクユニオンのフリーペーパーFollow UPのインタビュー、それからEle-kingの女子会と称されるインタビュー。それから再読になるが前作リリース時のCDJのインタビュー。どれも面白いのでまだの人は是非読んでいただきたい。
ENDONはやばい。当初からそういう話だったし、初めてライブを見たときは意味がわからなかった。ノイズがフリーすぎてどこに乗れば良いかわからなかったのだ。ただ「Acme.Apathy.Amok.」は買って帰った(あの時の自分を珍しく褒めてやりたい)。今作もやはり”ヤバイ”ということになっているし、バンド側もそう思われることを企図しているように感じる。しかしこのバンドの側からの日本語のステートメントを読んでなるべく”ヤバイ””すごい”で片付けないようにしないといけないという気持ちがしている。というのもボーカルの名倉さん(兄)が「俺は感じるな、考えろ、お前らバカなんだからって思うよ」といっていて(ele-king)、私は感情的な人間だが、常に考えることがたとえ良い結果につながらないことが往往にしてありながらも、それでも考えるということが絶対的に良いことだと信じたいと思っているのでこの言葉が非常にぐさっときてそして好きなのだ。

ENDONの音源を全て抑えているわけではないのだが、前述の「Acme.Apathy.Amok.」、それから1st「MAMA」を踏まえるとだんだんノイズの自由さが制限されて代わりにロックバンドとしての機能が台頭してきている。今作もその流れにあると行って良い。過激な内容であることは間違いないが、今までの音源の中では一番聞きやすいのではないだろうか。いわゆるアンダーグラウンドな音楽界隈では聞き易くなること=セルアウトとして嫌われるが、本人たちは「単純に金と名誉が欲しい」と嘯くヒールっぷりである。前作まではノイズを主役として捉えて色々とノイズを中心に工夫していたのだが、今回Kurtはノイズを全部定位置で録音しているという。単に楽器の一つとしてノイズを使い出したそうだ。つまり今作でノイズ担当がいるロック(フォーマットの)バンドということにENDONはなった。(次作以降どうなるかは当然わからない。)
twitterでもちらほら見るがブラックメタルっぽくなったというのも頷ける。トレモロギターの登場頻度が増えたからだ。しかし前作リリース時のインタビューを読むと当初からノイズとの相性がいいとしてトレモロを多用していることを打ち明けている。つまり単に壁のようなノイズが鳴りを潜め地金がよく見えるようになったということだけなのかもしれない。トレモロも含めて全ての音が敢えて重さをある程度抜いたガシャガシャした音で作られているのが個人的に面白い。Full of Hell/Code Orangeはモダンなハードコアの重低音を足し算/掛け算したが、ENDONは引き算をやってきたのだ。強いやつ強いやつ×無限大の螺旋から抜け出してもっと別天地に行くことにしたのだろうと思う。「Perversion 'Till Death」の重厚なノイズと相対する爪弾かれるギターの旋律の美しさをきいてほしい。今までのENDONとは明らかに毛色が違う。そうこう思っているとタイトル曲「Through The Mirror」になだれ込む。激しいノイズと絶叫の応酬のその後ろに何かが見えている。私はそれは”美しさ”ではと思ったのだが。絶叫で構成されているそれは何かしら不穏な空気をはらんでいる。大仰にいえば巨大な兵器が爆発する様を遠くから(爆心地にいたら美なんて感じるわけがない)眺めているような、そういってしまうのが不適当であるような美しさであった。「Tourch Your House(お前の家に火をつけろ)」は大爆発で帰る場所がなくなって、さあてこれからどうするのだ、というそういう歌であるように私は思った。退路を絶って前進せよ、とは過酷である。そして曲は直接的に感情的だ。現状の音楽ジャンルであるところのエモ、激情系を「エヴァンゲリオンごっこ」と切り捨て(Follow Up)、もっと直接的、彼らの言葉によると大脳皮質ではなく情動に訴えかける音楽をノイズという劇薬で持って、そして直接的に言葉を用いずに表現した。不敵で挑戦的だが、出来上がったものを受け取って聞いた人が何かを感じずにはいられない作品になっていると思う。
ある意味ではなんでもノイズ味(黒)にしてしまう必殺の黒い絵の具であるハーシュノイズに何か別の意味を付与しようという試み(=彼らのいうところの実験)であって、そういった意味では非常に挑戦的な作品であり、個人的にはこの1作品でもはやその回答を垣間見ているのではないかという感動がある。だってこのアルバムの色鮮やかさを聞いてほしい。

非常に真面目な作品だと思うし、憧れで音楽をやっているというステートメントも理解できるような気がする。そういった意味では純真といっても良いかもしれない。だって期待があるからだ。素晴らしい音楽だ。私は大好きだ。まだ聞いていならこれから聞けるという幸せを持っている。是非聞いてみていただきたい。

TORSO/Sono Pronta a Morire

アメリカはカリフォルニア州オークランドのハードコアパンクバンドの1stアルバム。
2015年にイタリアのAgipunkというレーベルからリリースされた。
4人組のバンドでBandcampによるとヴィーガン(菜食主義)でストレートエッジとのこと。ボーカル含めて女性が2人在籍している。
アルバムのタイトルを翻訳すると「私は死ぬ準備ができています」と出る。アートワークは魔女裁判で火炙りにされている女性。

D-Beatハードコアと自称するくらいのオールドスクールなハードコアをプレイするバンド。全部で11曲で17分。長くても2分ちょいで大体1分台。疾走”感”って実際には必ずしも速度にイコールなわけではないと思うんだけど、このバンドの場合はD-Beatを主体に据えてその疾走感を演出している。もちろん遅いわけではないのだけど、じゃあファストコアばりに早いのかというとそうでもない。きっちり演奏の妙もバリエーションも詰め込める余裕のある”速さ”で勝負している。素材の音がかなり生かされたジャカジャカ感と厚みのあるギターに、非常によく動くベース(どうやらもう一人の女性はベース担当みたい)がツタツタ刻んでいくD-Beatに伸びやかに曲を織りあげていく。
ボーカルはほぼほぼ叫びっぱなし。いい感じにかすれた声だが女性のそれだってわかる。一緒にEP(2014)も買ったんだけどちょっと声質(録音状態かも)が変わっている。このアルバムの方が高音が強調されているかなと思う。
メンバーの半分が女性な訳なんだけど、じゃあ女性特有の〜というのがあるかというと音源を聞く限りはあまりそう行ったのは感じられなかった。分かりやすくメロディアスな訳でもないし、女性らしいボーカルの取り方もほぼなし。Oathbreakerみたいにフロントマンが女性であることを強みしている感じとは正反対だし、再結成したらしいGorilla Angrebみたいにそこはかとないミクスチャー感(かわいい感)はなくてよりハードコアだし。ハードコアバンドを組んだけどメンバーはたまたま女性だったくらいの感じ。ひたすらストレートを信条とするバンドらしく、いやらしいフックがない。EPのアートワークも女性が登場するし、性差については結構重要なファクターっぽいが音楽的には女性らしさはおそらく敢えてカットされているのでは。ハードコアという(おそらく)男性的なフィールドで一個のバンドとして勝負していく、という気概の表れだろうか、気迫めいたものを感じてそういった意味でも気合の入ったタイトルも納得感があるなと思う。
ちなみにEPから先に聞いたんだけど、このアルバム序盤だけ聞くとEPの方がいいかな?と思ったんだけど後半えらいテンションが上がってくる。普通冒頭にキラーチューン持ってきそうなもんだけど、このバンドは圧倒的に後半に入ってからの方がかっこいいと思う。

なんだか女性+ハードコアというのがトレンドなのかな?そんなことない?わからないけどそのフォーマットでも色々違うことをやるバンドがいて(当たり前なんだけど)、面白いなと思う。いわば女性の特異性があるわけでこれも男性優位社会の考え方なのかな…とか思う。まあそこらへんは置いておいてかっこいいハードコアバンドなので気になった人は是非どうぞ。