2014年4月6日日曜日

パオロ・バチガルピ/第六ポンプ

アメリカの作家によるSFの短編集。
「ねじまき少女」はどえらく面白かったので、同じ作者の短編集は当然気になっており、このたびめでたく文庫化されたので歓声を上げつつ購入した訳だが、これがもうすごい本なのであって私は感動に震えたね。

変わった名字のパオロ・バチガルピはアメリカで生まれたが、大学在学中に中国に留学し、卒業後もしばらく中国で働き、その後アメリカに戻って働きつつ作家として活動し始めたという経歴を持った人で、だから前作の長編「ねじまき少女」ではタイを舞台にしていたし、今回もアジアが舞台の物語が結構ある。そのアジアの猥雑な描写がまた恐らく実体験をもとに書かれているものだから生々しいことこの上ない訳である。作者自身はアジアでは異邦人である訳だから、本国の人が当然として見落としてしまう様なところも丁寧に描写できているのだと思う。いわば未知のアジアを紹介する様な面白さもあって、だからアメリカや日本でも(勿論日本もアジアなのだが)彼の小説が受け入れられているのではないかな。当然彼の著作では少なからず(アジアにおける)アウトサイダー達が出てきて彼らが巨大なアジアに文字通り立ち向かう姿は大いに共感できる。
さらに舞台となるのが、未来となるアジアである。遺伝子捜査されたフリークスが闊歩し、路地裏に潜むヤクザものたちはゼンマイ銃で武装している。一回完膚無く破壊された世界で生きる人々はたくましく、強い。凶暴で残忍で弱いものから殺されていく無慈悲な世界。華やかで露骨に猥褻なネオンの世界、屋台で作られる湯気のたつ庶民の飯(本当ご飯の描写が超巧みで読んでいるととにかく中華料理が食べたくなる。)、それらの薄皮の下には熾烈な生存競争がバチバチ火花を散らしているのだ。持たざるもの貧乏人は惨めに死ぬしかない。そんな一周回った(エネルギー事情により科学技術は大きくねじれている。)サイバーな世界観が見事に現実のアジアのたくましくも猥雑な世界にオーバーラップし、本当に頭の中にある雑多なアジアの町の角を一つ曲がったその先に、パオロ・バチガルピが描く世界が展開されている様な、そんな生々しさがある。SFの面白さの一つには絶対世界の構築があげられると思うが、パオロ・バチガルピの作り出す世界観だけでご飯何杯でもいけるわ、俺的なすばらしさがある。

さて今回の短編種ではおおむね上記の様な、「ねじまき少女」と共通する世界観で展開される物語も含め全部で10編が収められている。はっきりと「ねじまき少女」につながる物語もあって、没落した華僑のチャンがファランに仕えるまでの顛末を描いた「イエローカードマン」。遺伝子特許(IPつまり知的財産)で世界を牛耳る巨大なカロリー企業に在野の遺伝子ハッカーが戦いを挑まんとするそのその顛末を、彼を逃がそうとする運び屋の視点で描いた「カロリーマン」など。「ねじまき少女」を読んだ人ならニヤリとすること請け合いの短編も含まれている。
しかしなんといってもそこにとどまらず、さらに幅を広げた作品群もすばらしい。
巨大建造物が生きて成長して拡張する中国を舞台にした熾烈なとある「キューブ」の争奪戦を描いた著者のデビュー作「ポケットの中の法(ダルマ)」。主人公が少年ということもあって残酷な世界でも憎めないきらめきがあって良い。「キューブ」の正体にはゾクゾクした。
「砂と灰の人々」では荒廃した未来の兵士達が主人公。彼らは体内にゾウムシを飼い、灰や石、砂などを食って生きている。体は頑強で手足が千切れてもすぐに再生する。彼らの前に犬が現れてその脆さに驚愕しつつ、飼い始めるという物語。先鋭しすぎた文明化に対する批判なのかと思ったが、驚愕のラストには驚かされる反面妙に納得しなかっただろうか?彼らは人間なのか。しかし人間なのかもしれないと思った。深化の残酷な一面なのか?
夫婦間での突発的な殺人を書いた「やわらかく」はあまりに穏やかな進み具合がなんだか妙におとぎ話の様な雰囲気があってそれが妙な背徳感を演出している。主人公はサイコパスなのだろうか。
短編集のタイトルにもなっている「第六ポンプ」。少子化が進み、それ所が人類全体が愚かになっていく世界を書いた作品。主人公2人のカップルは愛らしく何となく良い話に思えるが、とんでもない暗い未来を予感させて恐ろしい。

本当10編が全部面白い。音楽でいったら捨て曲なしの完璧なアルバムであろう。なかなかないよ、こんなの。
ほとんどの作品に共通するのが発展しすぎた未来の暗い一面である。はっきりディストピアと化した凄烈な世界を描いたものから、何となくくらい予兆をはらんだものまで、多種多様である。未来は暗い。しかし安易に科学至上主義を批判する訳ではなくて、いわば常に発展し続ける人間の業を善悪(発展による利点も時に多少露悪的ながらしっかり書いていると思う。)どちらかに偏ることなく真摯に書き出しているように思える。それは確かにグロテスクだが、ちょっと待って一体それを完全に悪として現代に生きる貴方が否定できますかね?と問いかけてくる様なそんな恐さがあるように個人的には感じた。
一見突飛な未来が人間の意識という直線で現在から連続してつながっている様な、そういったイメージ。だからこそ作者が描くディストピア的な未来が面白く、嫌悪を感じる人もいるのだと思う。

個人的には今年で一番くらいに面白かった。
いろんな人に読んでいただきたい本。劇的にオススメ。
と、思ったら読書メーターというサイトではダメだ〜という感想もチラホラ。
たしかに全般的に暗くて、汚くて、描写が残酷だから人を選ぶのかも…
上記がむしろマイナスじゃなくてプラス要素だろ!というポジティブな人は是非どうぞ。
(でもストーリーがないという感想には納得できないのだが。)

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