2014年9月7日日曜日

ジャック・ケッチャム リチャード・レイモン エドワード・リー/狙われた女

アメリカの有名なホラー作家3人によるアンソロジー。
各1作ずつ合計3編が収められている。原題は「Triage」で、2001年に出版されたもの。ただし版元が廃業していたりの関係で序文などが含められていない日本独自のものであるそうだ。(3作品個別に契約したというのだから扶桑社さんは結構な執念である。ありがとうございます。)

ジャック・ケッチャム、リチャード・レイモン、エドワード・リーというスプラッタパンクという新しいホラーのムーブメントの旗頭となって活躍する三人ということだそうだが、私はケッチャムの本しか読んだことがない。
ケッチャムと言えば後味の悪い小説をあげる際に必ず「隣の家の少女」でもって名前が挙がる近代ホラー界では著名な作家である。日本でも人気があってこの本と同じ扶桑社から翻訳が何冊も出ている。かくいう私も上記の高校生の頃の「隣の家の少女」から始まり、恐らく全部とは言わないがおよそ大変楽しく読ませていただいている。

シープメドウ・ストーリー ジャック・ケッチャム
ニューヨークで出版社の原稿閲読係として糊口を凌ぐ冴えない作家志望の中年男ストループのツキは最悪。女には振られ、元カノからは借金の返済で裁判所に訴えられ、さらに仕事はクビになってしまう。追いつめられたストループは拳銃を手にシープメドウにあるセントラルパークに赴く。そこに元カノがいると聞いて…
冴えない中年男ストループはケッチャムの不遇だった時代を投影した分身みたいなキャラクターらしい。わがままで横柄。もてるのだろうが男女関係ではセックスのことしか考えていない。そんな男が辛くあたる現実に対して遂に銃を取る訳であって、働く冴えない男子諸君ならそのたがの外れた中年男に嫌悪どころか妙な共感を覚えること請け合いである。それほどにケッチャムの筆致は凄まじく。ストループの軽口に私は車内だというのニヤニヤがが止まらなくなってしまったものである。
しかしケッチャムの作品を読んだことがある人なら頷いてもらえると思うが、ケッチャムは優しい作家ではない。次第にストループが追いつめられていく様にはぞっとする。幻聴が彼の正気と狂気のバロメータになっているのだろうが、物語が進むにつれて始めはご機嫌かつノーテンキなホラーかと思いつつ気づいたら泥沼にはまり込んでいる。ラストの衝撃は賛否があるだろうがそこは本質じゃない。(個人的にはもっとケッチャム節でも良かったと思う。)読んで最高に面白い。やっぱりケッチャムはすごい。


狙われた女 リチャード・レイモン
金曜日の終業間近。法律事務所で働くシャロンの元に電話がかかってくる。「おまえをいただくぜ」。いぶかしむ暇もなく両手にショットガンをもった男がオフィスに押し入り、あっという間に同僚三人を射殺。辛くも逃げだしたシャロンは同じビルの男とともにオフィスに戻るが、そこにはバラバラにされた同僚達の死体が山のように積み上げられていた…
スプラッター。真っ向勝負のスプラッターである。ほぼ無人のビルでか弱い女性が屈強なサイコに追いかけ回されるというストーリー。こういっては何だが、典型的なストーリーだから、作品の質を決めるのはなんと言っても描写であるが、そこはこのレイモン、圧倒的な筆致でもって酸鼻極まる地獄絵図を書いた。それは肉と臓器の世界でもって生臭い血がそこら中に飛び散っている。簡素かつストレートな表現はそのまま暴力的な力もって読み手の気分を害するのだ。最高のホラーだ。エロとグロである。肉感たっぷりの悪夢。
落ちのまとめ方も奇麗。
残念ながらこの作品を書き上げた直後くらいに作者リチャード・レイモンは急逝したとのこと。残念。ご冥福御祈りいたします。例によって絶版になっている著作の復活を望む。

われらが神の年 2022年エドワード・リー
終業間近クリスチャン連邦航宙艦エデッサ号で情報技師として働くシャロンの元に通信が入る。「おまえをいただくぜ」。いぶかしむ暇もなく高周波銃を持った男がブリッジに押し入り、あっという間に同僚三人を射殺。辛くも反撃に出たシャロンは一命を取り留める。犯人は世界を混乱せしめようと暗躍するテロ組織レッド・セクトのメンバーだと言う。混乱するシャロンに上司はエデッサ号は極秘の任務についていることを打ち明ける。星の彼方にあるエデンを確認しにいくのだと…
書き出しはレイモンとほぼ同様だが、なんと今作はSF!前の2作とは大分趣が異なる。スプラッターな描写は冴えまくるが、もっとじっとりと読ませるホラー要素が強まる。
なんと言ったって銀河の果てに見つかったエデンを見つけにいくというのだから、こう中二病というのでもないだろうが、そんなこと聞かされたら男子としてはわくわくしてしまうではないか。で、閉鎖的な船内での陰謀合戦である。裏切りである。騙し合いである。誰が見方なのか?中々読ませる展開で当初は前2作とのギャップに戸惑うがあっという間にスペースホラーに引き込まれる。クリスチャン連邦が世界を席巻したというのその禁欲的な世界観とテロリスト達の放埒的な悪魔主義が相まってとても気持ち悪い。

という訳でどれも文句無しに濃厚なホラーで楽しめること請け合い。
どれも良かったが個人的にはやっぱりケッチャムはすげーと思った。
作品と読者の距離が近いんだよね。ぐっと文字通り引き込まれました。
素晴らしいアンソロジー。ホラー好きは是非どうぞ。オススメ。

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