2016年8月20日土曜日

J・G・バラード/クラッシュ

イギリスの作家による小説。
バラードといえば絶賛映画公開中の「ハイ・ライズ」が話題なのだが、その前に気になっていたこちらを購入。
J・G・バラードは「アウター・スペース」に対して「インナー・スペース」を追求する異色の作家でSF作品が特に有名。私も暗黒ドローンユニットLocrianの「Crystal World」、遠藤浩輝さんの漫画「EDEN」の元ネタになった「結晶世界」を始め、「沈んだ世界」や「楽園への疾走」、短編集「時の声」その他アンソロジーに収録された短篇を幾つか読んだ。SF的なガジェットを用いつつ、それらや特徴的な状況を文字通り道具として使いつつ人間の心理状態を描くのが特徴的でそれゆえSF的なシチュエーションにない(たとえば前述の「楽園への疾走」などもそう)作品であってもその魅力はちっとも減じる事はない。この「クラッシュ」という作品もそういった意味ではSF的な要素はほぼない作品。出版当時とても大きな反響を巻き起こした問題作。

イギリスのロンドンで広告業界で働く私ことバラードはある日コントロール不能になった車で衝突、相手の運転手を殺してしまう。法的には無罪が言い渡されたバラードは車、さらに衝突に性的な興奮を抱いている自分に気づき、妻を始めとする女性と倒錯的な好意に傾倒するようになる。そんな中同じ趣向を持つ男ヴォーンと出会う事で、バラードの性的な思考はさらにヒートアップしていく。夜な夜なヴォーンと車で町を流し衝突事故を待ちながら拾った娼婦たちと痴態を演じていく。

あらすじを読んでいたからなんとなく分かっていたものの実際読んでみるとほとんど見開きのページのどこかにはかなり先進的な性的描写があるので非常に困った。自分で言うのもなんだが、良く通勤途中の車内と会社で読んだものだ。
性的に倒錯した小説というとバタイユに「眼球譚」が有名だろうか。大学生の時に買って読んだ事がある。やはりむむむと思いながらも結構普通に読む事が出来た。どちらかというとこちらの「クラッシュ」の方がより深く物語に入り込み、そして頭を抱える事になったと思う。
主人公たちは一様に車に対して性的な衝動を抱えるようになっていくのだが、これはまだ未発見のフェチズムということであって、実は色んなパターンがあるのが面白かった。理想状態は衝突事故によってその衝撃と壊れた部品によって損壊した肉体というのが至高で、これはまあわかりやすい。(私がそういうフェチを持っている、あるいは持つに至ってという事はないんだけど。)テクノロジーのまさに最先端にある部品、例えば鋭く尖ったレバーに刺し貫かれたり、丸いハンドルに胸郭を押しつぶされたり、粉々になったフロントガラスに顔面をずたずたに切り裂かれたりと…まあまあそういう事もあるかも、という感じ。ところが自分がこれになるというのは基本的に大変難しい。勿論ほぼほぼ死ぬか重傷を負ってしまうので。なので主人公たちは夜の町でこうなっている状態の人を探す毎になる。彼らを目に、シャッターに収める事になる。パパラッチではなくあくまでも自分で楽しむためだが、それでもやはり異様な光景ではある。それから車内でのセックス。これはまあ理想状態に至までの道というか、それらの代用的な意味合いを持っているのだろうと思う。ただ相手が、そして自分があくまでも柔らかい体を持った人間であるので、冷たく(もしくは非常に熱い)金属の体(といっていいのか)を持つ車体とはかなりの隔たりがある。この作品での車中セックスは進行めいた、祈りめいた、ひたむきさがある。(といっても描写はかなり生々しくとても下品だ。)いわば衝突への倒錯というのは、むくわれない進行の様な求道的なストイックさがあり、それゆえ登場人物の一人ヴォーンは殉教という破滅に文字通り詩を顧みない自動車の暴走する速度にのって一直線に向かっていく。最先端のフェチズム、テクノロジーによって虚無感に浸った頭のおかしい人たち、イカレた変態たち、それらは恐らく半分で、これも一つの「インナー・スペース」だとすると異常なフェチズムに静かに(バラード特有の冷たさ、オフビートさはこの作品でも健在)熱狂する彼らは、特に火花をスパークしながらオーバーヒートする情熱で不可解な性を生きる現代人たちのデフォルメなのだろうか。衝突というのは全く強引な接触手段の一つだという事が出来るかもしれない。
一つ面白いのはヒースロー空港を飛び立つ飛行機の描写の多さだ。同じ、さらに先進的なテクノロジーの集合体である空飛ぶ奇跡たちは、地上の主人公たちのドロドロした欲望とは無関係のように見える。一体これは何の象徴なのだろうかとひたすら考えた。

現代の変態小説ってことになるのだろうか。バラード好きの人以外でどんな人に進めたら良いのかさっぱり分からないが、衝突シーンになんか見せられてしまう貴方は是非どうぞ。

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