2016年10月1日土曜日

東雅夫編/世界幻想文学大全 怪奇小説精華

編集者、アンソロジストの東雅夫さんが世界の幻想文学をまとめようとぶちあげた筑摩書房から出版されている世界幻想文学大全全三冊。これはそのうちの一冊で名前の通り怪奇小説をまとめたもの。精華というのは「最も優れたもの」という意味があるらしい。その名の通り古今東西名作と誉れ高い様なクラシックを集めたもの。
最近は現代以降を舞台にしたSFやらミステリーなどばかり読んでいたからか、オカルトっぽいやつが読みたい!何かよこせ!と思って買ったのがこちら。このシリーズは他にエッセイや文学論を集めたガイダンス編となる「幻想文学入門」、幻想小説を集めたアンソロジー「幻想小説神髄」があるのだが、私はこの本を始めの一冊に選んだ。幻想小説にも大いに惹かれるものがあったのだが私のやや下卑た好奇心はより分かりやすい恐怖に心をくすぐられたのだった。
収録作品は以下の通り。(東さんのブログよりコピペ)

  • 嘘好き、または懐疑者(ルーキアーノス)高津春繁訳
  • 石清虚/龍肉/小猟犬――『聊斎志異』より(蒲松齢)柴田天馬訳
  • ヴィール夫人の亡霊(デフォー)岡本綺堂訳
  • ロカルノの女乞食(クライスト)種村季弘訳
  • スペードの女王(プーシキン)神西清訳
  • イールのヴィーナス(メリメ)杉捷夫訳
  • 幽霊屋敷(リットン)平井呈一訳
  • アッシャア家の崩没(ポオ)龍膽寺旻訳
  • ヴィイ(ゴーゴリ)小平武訳
  • クラリモンド(ゴーチエ)芥川龍之介訳
  • 背の高い女(アラルコン)堀内研二訳
  • オルラ(モーパッサン)青柳瑞穂訳
  • 猿の手(ジェイコブズ)倉阪鬼一郎訳
  • 獣の印(キプリング)橋本槇矩訳
  • 蜘蛛(エーヴェルス)前川道介訳
  • 羽根まくら(キローガ)甕由己夫訳
  • 闇の路地(ジャン・レイ)森茂太郎訳
  • 占拠された屋敷(コルタサル)木村榮一訳


前述の通り最も優れているものを集めたアンソロジーだからいずれもこの道では有名な作品となるのだろう。かくいう不勉強な私でも目にするのは何度目かの作品もあった。
なかでも「幽霊屋敷」!こいつの後半は本当にゾクゾクする。個人的にはラブクラフトの廃屋趣味は多くこの作品に影響を受けたのではと思ってしまう。隠し部屋、オカルティックなアイテムなどとにかくギミックというか舞台装置が最高。ただそれらの道具達から浮かび上がる不思議な不老不死めいたなぞの男の悪意が最も恐ろしいものであって、先ほど名を挙げたラブクラフトの志向したコズミック・ホラーとは一線を画すのかもしれない。何回読んでも良いものだ。
「アッシャア家の崩壊」は恐らく私は別の方の訳で(「ポオ全集」だったと思うが)「アッシャー家の崩壊」を読んだのだが、龍膽寺旻氏の役は大変仰々しく始めは驚いたもののすぐにゴシックなその退廃的な世界に飲み込まれて、以前とはまた違った雰囲気でこの作品を楽しむ事が出来た。そういった意味では訳者というのはやはり力量が問われる仕事だし、訳者が変わるならばその分読者も楽しみが増えるという事になるのでは。
「聊斎志異」は今もそうだが、特にうだつの上がらない時期に岩波文庫版を読んだ事もあって個人的には思い入れがある。恐怖というよりは怪異の記録といった趣で非常に想像力をかき立てられる。東西での恐怖感の違いというテーマは無学な私には重すぎるが、怪異の要因、因果関係に冠しての説明が希薄で自然と混沌と混じり合っている様はこの本の中では特に独特だと思った。
そして始めた読む作品というのは初体験というそれだけでよりいっそう甘美であると思う。ロシアの民間伝承の雰囲気を色濃く描いた「ヴィイ」。その牧歌的な書き出しに正直かなり驚いた。私はロシア文学というとほとんど(ぱっと思い浮かぶのはこの間感想を書いた「ストーカー」とかあとは大学生の時に読んだ一連のドストエフスキー作品くらいだろうか)読んだ事がないのだが、イメージに反してロシア人というのはとにかく陽気だという。うっそだ〜と思っていたが、この「ヴィイ」というのは貧しくとともなんとものんびりしていてたくましい一昔前のロシアの庶民の生活が書かれている。のんびりしていると中盤以降の恐ろしさに震える事になる。貧しいという事は死がその生活の一部であって、たとえ金持ちでも本質的に橋に対して人間が出来る事はほぼないのだが、一種薄情にすら思える位淡々と達観したようにその牧歌的な生活に取り込まれていて、ヴィイという妖怪もさることながらそこら辺の死生観がにじみ出て面白かった。無常観はちょっと仏教っぽくすらあるな、と思ってしまった。
特定の人にしか見えない町とそこにおくる怪異を描いた「闇の路地」はとてもモダンで驚いた。自分にしか見えない町があってそこは無人であるがなにか不吉な雰囲気がある、という設定が良い。ここに冒険的な面白さがある。襲撃されている野田がその正体は分からない。個性的でたくましい女性達が活躍する、ということでなんとなく「うずまき」などの伊藤潤二さんが漫画化したらとても映えるのではと思った。
ラストを飾る「占領された屋敷」も良い。これも怪異の正体は分からない。とにかく全編を覆うのはぼんやりとした不安であって、ひょっとすると主人公達2人の兄と妹がその精神を蝕まれているのでは?という考えもそれに含まれる。ただ精神状態は抜きにしても静かに暮らす2人が次第次第に不幸にとらわれていく様なその様は、敢えて徹底的に抑えた筆致で描かれているととにかく読んでいて胸が締め付けられるように苦しくなる。これもまた恐怖小説の醍醐味ではないだろうか。

というわけで精華恐るべしな内容で文句無しに楽しめた。やっぱり怪異はいいな。怖い話が好きな人は是非どうぞ。非常にオススメ。

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