2016年10月9日日曜日

アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ/熊と踊れ

スウェーデンの作家と脚本家がタッグを組んで書いた小説。
発表されたのは2014年だが、国境を越えてヒットし帯によるとハリウッドで映画化も決まっているそうな。
作者の事は知らなかったがストーリーが気になったので購入した。

1991年工務店を営む20代の青年レオナルドは2人の実弟フェリックスとヴィンセント、さらに旧友のヤスペル、恋人のアンネリーは国軍の武器庫から大量の武器を盗み出す。強盗に使うためだ。大胆かつ鮮やかな手口で強盗を繰り返す彼らは軍人ギャングと呼ばれ国内を騒がせる事になる。刑事ヨン・ブロンクスは暴力に取り憑かれた一連の事件の捜査に乗り出すが、手がかりすらままならない。そんな彼を尻目に兄弟達は次々に強盗を繰り返していくが…

私は「ジョジョの奇妙な冒険」という漫画が好きなのだが、目下の最新シリーズ「ジョジョリオン」の冒頭にはこう書かれている「これは呪いを解く物語」。
私がこの「熊と踊れ」を読んで思ったのはこれは呪いの物語だということだ。
主人公三人の父親というのは横暴で暴力的な人物で、酒を飲んでは母親と兄弟達に日常的に暴力を振るった。そんな経験から暴力的な日常を過ごした彼らは父親と決別した後は、暴力から距離を置いて生活していた。ところが長兄レオに限ってはそうではなく、虎視眈々と暴力を”上手く”扱って自由に生きようとしていた。軍隊に入りより組織的、かつ系統だった暴力を学び、おまけに爆弾をくすねて帰って来たレオは自前の工務店を立ち上げ、表向きには真面目に働きつつ、計画を練っていた。ここで面白いのはレオは惨めな自分の過去を清算するとか、しあわせに生きている奴らに復讐するとかそういった動機では動いていない。レオは父親を始め理不尽な世界から外れて自分たちのルールで生きる事を夢みており、というより志向しており実際にその実現のために必要な金を強盗で獲得しようと考えている点だ。彼は父親を通して暴力というものの、それをふるう人とふるわれた人がどう考え、どう振る舞うか、そして暴力で何が獲得できるかという事を経験的に知っている訳だから、それを道具として使ってやろう、とこう考えた。実際レオの軸はぶれず、必要以上の暴力は一切ふるわない。強盗の成功に気を良くするヤスペルと弟達に目立つ事を慎むようにきつく戒めるが、仲間を家族と考え、彼らに対しては信頼を何よりの行動規範とする。完全に暴力をコントロールできている、そんなレオに驚嘆の目を向けるのは兄弟ら仲間たちだけではないだろう、読者もそうだ。この鮮やかな、スタイリッシュといっても良い犯罪のシーンがまずこの本の魅力の一つだと思う。
ところが後半、仲間達の結束に綻びが生まれ始める。これは本当に小さな事柄だが、薄く入った亀裂がだんだんとその存在感を増してくると、レオの完全性にも曇りが出てくる。兄弟達は思う、兄貴は暴力に取り憑かれている、自分たちの父親のように。道具にしていたはずの暴力に使われていくレオは次第に孤独になっていく。レオは一瞬天才なのは間違いないのだが(冷静な判断力と大胆な行動力を持った希有な天才)、どんな天才でも予測不能の現実の理不尽さには太刀打ちすら出来ないのかもしれない。個人的にはこういった現実の無常さ、変な言い方だと馬鹿の束に天才は絶対負ける運命にあるといった無常さが個人的にはとても好きだ。結局レオは暴力という呪いにとらわれてしまった。一体この呪いが父親のちによるものなのか、それとも誰も巻き込むそれにレオが侮り近づきすぎたのかは分からないが。フェリックスとヴィンセントは距離を置いたのに対して、レオはとらわれてしまった。
面白かったのは何と言っても長兄レオのキャラクターで冷徹に行動するが、ありがちな安易なサイコパスでは全くない。兄弟を始めとする仲間達に対しては並々ならぬ愛情があり、またときにロジカルでない行動をとるこもある。(強盗中に弾痕で笑い顔をつくったり。)レオは血の通った人間であり、自分で思っている以上、というか家族では母親に継いで間違いなく一番に父親の暴力と歪んだ愛情にさらされていて、実はその心はボロボロになっている。かたくなであるという事は鉄の様な強さだが、同時に弱点でもあった。天才であるレオには同等の存在がいなかったので、その心中はしずかにそしてずっと子供のときから壊れたままだったのかもしれない。
一つ言うとするなら、追う側である刑事ヨン・ブロンクスに関してはイマイチ感情移入できなかったかな。こちらも家族の問題を抱えているのだが、意図的に(続編があるとのことでそちらが当初から意識されていたのかも)ぼやかされているし、本人も冷めたキャラを徹底していてあまり胸の内を吐露しないもので、兄弟達に比べるとちょっとそこまで…とは思ってしまった。
ちなみにこの本は実際の事件をモチーフにしている、とは書いてあるのだが後書きを読むと作者の一人ステファン・トゥンベリはなんと兄弟の一人だったと言う。実際には4兄弟だったわけだ。勿論ステファンは強盗には参加していない。これにはちょっとビックリした。ほぼ事実じゃん。

2冊で余裕で1000ページを越えてくる大作だが、あっという間に読める。ヘレンハルメ美穂さんの訳もばっちりで大変読みやすい。北欧の冷たい大地に間違った激情とそれが引き起こす暴力が吹き荒れる大作。なにより殴る側だけでなく殴られる側の気持ちにページを割いているのが個人的には非常に良かった。そういった意味では優しさにも富んでいると思う。面白いです。オススメ。

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