2016年1月31日日曜日

ロバート・E・ハワード/魔女誕生 新訂版コナン全集2

アメリカの作家によるファンタジー小説。
さてコナンです。ロバート・E・ハワードはかのラブクラフトのお弟子さん(正確には違うのかもしれないですが)というイメージもあって「黒の碑」やクトゥルーもののアンソロジーでその物語に触れてその魅力を楽しんだもの。そしてハワードというとやはりこのコナンものが著名で「剣と魔法」のヒロイック・ファンタジーというのはこの一連のコナンシリーズから始まったという事になっているから文学的な歴史から見ても極めて重要な作品である事は明白。(この英雄王コナンから名前を借りたドゥームメタルバンドもありますね。)アーノルド・シュワルツネッガー主演で映像化された映画も有名。かくいう私も小学生の頃午後のロードショーで見たもの。ちょっと刺激的なシーンもあってドキドキした思い出が。
興味はあるのだけど「剣と魔法」ファンタジーには全く知見が無くて、よもうよもうと思って後回しにしていたんですが、このたびようやっと重い腰を上げて購入。ちなみに何故2巻からかというとすでに1巻が売り切れていたからなのでした…

全部で5編収録されていおり、後に(きっと)英雄王となるはずのコナンも物語によって傭兵だったりならず者集団の長だったりとまだまだ第一線でしのぎを削る一兵士といった趣。黒く切りそろえた総髪に燃える様な青い瞳、盛り上がった筋肉は鋼鉄のよう、手足は長くしなやか、学は無いものの野生の勘は異常に鋭く弁は立ち戦場では指揮官顔負けの采配、大食漢で酒を浴びるように飲む。目上のものに対しても物怖じする事無く、自分の命の窮地でも一切ひるまない男。というまさに男の中の男。これでもかという魅力にあふれた男の一つの理想像なのかも。
ともするとこんなヤツはいないよ、と冷めてしまう様な造形だがこのコナンという男、豪放磊落という事がぴったりで不思議と好感を持てるから不思議で、なんといってもここがしっかりしているから物語が面白い。例えばコナンは英雄の多分に漏れず好色。物語には必ずと言っていいほど美女が登場するのだが、コナンは彼女たちに魅力を感じつつも決して力ずくで意のままにする様なことはない。意外に紳士。じゃあ良いやつかというと決してそうでもない。自分の命を救ってくれた恩人であるならず者集団の長をあっさりと排斥してしまったりする(ただし殺しはしない)苛烈さを持っている。要するに乱世の時代の寵児の様なもので生命力というものがもの凄い。清濁織り交ぜたその躍動する生命に、現代人の私たちが強烈に当てられてしまう。思うにタダの善人ならきっとそこまで好意はいただけないだろうと思う。
そんな男が長剣でもって悪漢ども、罪人どもに加えて、魑魅魍魎どももばっさばっさきっていく。は虫類めいたフリークス、そして鋼鉄の体を持つ異なる次元からおりて来た邪神までもその腕で立ち向かっていく。文字通りの死体の山と血の川を築いていく。コナンに負けず劣らず生命力に満ちあふれた野蛮な世界、主人公を凌駕するくらい魅力的なのがこのハワードの書く架空のハイボリア世界だろう。冒頭の地図を見ただけでワクワクしてくる。地図のほとんどのが未知の未開の世界で、謎があり、その背後には口にするのも恐ろしい名状しがたいものがうずくまっている。ここはラブクラフトも感嘆するのも頷ける闇の領域である。

荒野に剣戟がこだまし、うめき声と血がほとばしる熱い小説。あっという間に読んだ。とりあえず現状買える分は読むつもり。

Anopheli/The ache of want

アメリカはカリフォルニア州オークランドのネオクラストバンドの2ndアルバム。
2015年にAlerta Antifascistaからリリースされた。
私が買ったのはデジタル版でこちらは現時点ではBandcampでname your priceになっている。
元Light BearerのAlexが新しく始めたバンド。
メンバー構成が変わっていて6人編成でオーソドックスな楽器陣に加えてチェロ担当とアコースティックギター担当が一人ずついる。ロックだろうがメタルだろうがストリングスをバンドサウンドに導入する事自体は珍しくないだろうが、あくまでも追加のアレンジという感じで選任の奏者がいるのはあまり聴かない。(名前は忘れたけどバイオリン担当がいるパンクバンドがいた様な気がするな…)アコースティックギターに関してもギタリストが兼任というのが通常だろうが、このバンドでは選任。

オフィシャルではエモクラストと名乗っていて、全く知らない人に説明するにはこちらの方が音楽性が分かりやすいかもしれない。クラストというと苛烈な音楽性を想像するが前述の楽器陣も加わって非常に表情豊かな音楽をならしている。勿論なんといってもクラストなので激しさもあるのだが。
全6曲収録されていて、アコースティックギターが美しいインストをのぞき後の5曲はすべてだいたい7分台。スラッジの要素は勿論あるのだが牛歩っぽい遅鈍さはなく、どちらかというと練られた曲展開で激しくも聴かせるハードコアといった趣。インテリジェンスというとどうしてもメタリックで頭でっかちのイメージもあるのだが、個人的には非常に知性的な音楽だなと思った。こういうとき出自ハードコアがだから技巧自慢にならないのがとにかく好印象だ。同じ事をメタルバンドがやったら曲の長さは倍になるんじゃないかな。(勿論それはそれでカッコいいのだろうが)
いかにもクラストな男臭いだみ声ボーカルにギャアギャアしたボーカルが絡むツインボーカルは飽きさせない要素だが、歌のメロディ性はどちらかというとそこまで強くない。ボーカルも楽器の一つという感じで曲全体で聴かせるイメージ。アンサンブル全体で突っ走るのがカタルシスだが、常に全開で突っ走っている訳ではなく緩急をつけて高低を付けている。ためる様なアンビエントパートの後の疾走はこみ上げてくるように熱い。アンビエントパートはアコースティックギターを押し出したりしていてポスト感の影響も色濃いが、そちらのジャンルに比較すると短めで良い意味で凝っている訳ではない。静からの動はなるほど威力強めだが、なんといってもチェロがこのバンドの叙情性を飛躍的に高めてくる。とにかく伸びやかでまろやかな輪郭の、太く暖かい音がバンドの外郭をぶわっと一枚分厚く覆っている様なイメージで、こいつがエモーショナルさを倍加させている。弦楽隊のメタリックでエレクトリックな音とは好対照だし、チェロというのは(弾き方もあると思うけど)出す音が連続していて、途切れる事無くその音色を変えていくから、ドラムやギターなどの緩急を意識して旧譜やミュートがある弾き方と対照的なんだよね。ベースっぽいけどやはり途切れる事もあるそれとは一線を画す。
エモーショナルというのは感情的という意味だけど、このバンドの場合は激しさでもって一つの感情に特化したというよりは、複雑な感情をバンドアンサンブルとチェロなどで表現しようとしているように感じた。クラストの持つ激しさがにじんで(こう書くと悪く聴こえるかもだけどここでは良い意味で使っています)、色んな感情が溶け出しているようだ。抽象的になっているのかもしれないが、その分激しさだけでは得れない境地で訴えかけてくる。

乗り遅れた感じ聴いてみたが話題になるのも納得の出来。まだの人は是非どうぞ。

Twitching Tongues/Disharmony

アメリカはカリフォルニア州ロサンジェルスのハードコア/メタルバンドの3rdアルバム。
2015年にMetal Blade Recordsからリリースされた。CDを購入。
前作から2年を経てのリリース。2010年に結成されたバンドで来日経験もあり、ギタリストTaylor YoungはNailsでドラムを叩いている。ちなみにボーカルのColin Youngとは兄弟。

Twitching Tonguesはとあるブログでその名を知って以来のファン。個人的にはメタリックハードコアだと思っている。中速で力強く突き進む様はブルドーザーのようだ。ギターの音は非常にソリッドかつクリアで、タメが意識された曲はメタルの要素が色濃い。しかしやっぱりハードコアだと思う。ひとつはマッチョさ。ハードコアはマッチョな音楽だ。単発の筋骨隆々の男たちが力強く歌い上げる。マッチョさは時に批判される事も多いけどやっぱり魅力もある。(思うに方向性というかその主張が反感を買う事があるのだろうと思う。)特にバンドの顔ボーカルColinの雄々しい歌声と歌唱法は男の魅力満載。この図太さはちょっとメタルには無い。メタルだとデス声などの方向に振り切ってしまうが、このColinの歌い方はそこまでは振り切れていない。これは決して半端ということではなく、スクリームを織り交ぜながらも正気の域に踏みとどまっているから、何となく現実に足がついているバンドのスタイルが垣間見えると思う。
Twitching Tonguesの魅力はその力強さとグルーミィさの見事な調和だ。例えば同じハードコアのVision of Disorderはガッチリしたハードパートとクリーンボーカルとメロディを大胆に取り込んだしっとりとしたパートの対比によって、その陰鬱さを見事に表現している。Twitching Tonguesの場合はその両者を一回溶解させて混ぜ上げる、そして曲として昇華している。いわば曲に一貫性があって色んな感情がないまぜになっているのだ。これが面白い。グルーミィといっても現実に立脚したもので、極端になよなよしたものでも、捻くれた猟奇性は皆無だ。この後ろ向きな感情すら男らしい。ここにかっこよさがある。さすがに演歌とまではいわないが、泣くに泣けない男の哀愁みたいなのが漂っている。
今作もそんなTwitching Tongues節が満載。ガツンガツン刻んでくる力強い演奏陣に頭を振りまくれるし、決して強さ自慢ではない、心の機微をその激しさの中に感じ取れる。一言で言えば”熱い”音楽である。徹頭徹尾ストレートで装飾性は希薄だが、例えばアコースティックギターの使い方は昔から得手で、乾いた音が響いてくるだけでこちらの期待感も高まるというもの。今作ではピアノを大胆に取り入れたりしてさらに哀愁度があがっている印象。鉄塊の様な低音リフとの対比が凄まじい。

聴けば聴くほど良いアルバムだなと思う。もうちょっと知名度が上がっても良い様な気がするな。オススメです。

2016年1月24日日曜日

スティーブン・キング/悪霊の島

言わずと知れたアメリカモダンホラー界の巨匠によるホラー長編。
帯には「恐怖の帝王、堂々の帰還です。」と書かれている。このブログでも紹介した「1922」だったり「ビッグ・ドライバー」だったりとホラーそのものは書いていたのだろうけどこれだけのボリューム(「悪霊の島」は上下分冊でそれぞれ500前後ある)というのはきっと久しぶりなのだろうと思う。
キングの本は読んだ事が無い人でも「グリーン・マイル」や「ショーシャンクの空に」、「シャイニング」(キング本人は不満を持っている事は有名だけど)などで作品に触れた事のある人は多いはず。私もご多分に漏れず大好きな作家で、一時期読む本が無い時はキングを読んでおけば良いやと書店に通っていたものです。(勿論読む本なんてのは幾らでも見つかるからそれと結局べつにキングの本も買って帰ったんだ、いつも。)本当に色んな種類の物語をかける人だけど、やはり私だけじゃなく皆さんホラーがお好きなようで、それも超自然的な要素が出てくるような。キングのホラーは結構善と悪の二項対立形式をとっている事が多くて、いわば手あかのついた構図なのだろうがキングが書くとそれはもう面白く、形式なぞで物語の優劣は決定されない事がよくわかる。
この本の原題は「Duma Key」でこれは舞台となる小島の名称。「悪霊の島」というとその明快な物々しさがちょっと面白いくらいだが、読み進めればこのタイトルがばっちりハマっている事がよくわかる。

建設会社を経営するエドガー・フリーマントルはある日現場で乗っていた車ごとクレーン車に押しつぶされ、体と脳に大きな損害を受ける。結果右腕を失い、まともに歩けなくなり、そして記憶と発語、情緒面にも重篤な後遺症が残った。妻とも離婚したエドガーは治療のためフロリダの小島デュマ・キーに海に面するコテージを借り、そこでリハビリをかねて暮らす事に。かつての手遊びだった絵を書き始めると隠された才能が開花し、エドガーの絵は人々の耳目を集める事になる。心身の傷も回復の途上にあるエドガーだったが、その順風満帆の日常に暗い影が侵入してくる…

キングのホラーは長い。というのも登場人物一人一人に背景、つまり人生があってそれを丁寧に書き込んでいくからだ。一本道で始まった物語は進むに連れてその葉脈を広げていく。俯瞰してみれば巨大な一枚の葉っぱが出来上がっているという様だ。この丁寧さが物語を圧倒的に豊かにしている事が、キングの本を何冊か読んでいる人には分かっていると思う。個人的には長いけど苦痛だった事は一度も無い。人生といってもだらだらと書く訳でなく、その人を個性づけるエピソードを書く事で脇道とはいえ無いくらいの魅力を備えているからだ。
この「悪霊の島」はその構成が面白い。何かを失った男あるいは女がそれを埋め合わせようとする(まさに傷を負った人が再生するように)というのは物語の類型だとして、主人公エドガーは冒頭に体と精神に傷を負い、それから絵を描く事で回復していく。普通ならこれでもう一個の立派な物語だが、回復期に合わせてさらに”敵”と直面する訳だから、いわば物語の山場が二つあって、これは中々複雑である。心身の回復と敵は同一視されない訳だから。エドガーは恐らく身ひとつで成り上がった経営者のままでは敵とは戦えなかっただろう。おそらくその存在を鼻で笑ったはずだ。いわば傷を負う事で一回社長のエドガーは死に、大きなハンディを抱えた一人の中年として生まれ変わった訳だ。生まれ変わっても健康面では大きく減退し、過去のしがらみ(別れた妻との関係など)からは逃れられない、たとえ南の島に逃げても。残酷な言い方だが死ななければ分からない人生の一側面に気づいたエドガーは新しい人生を楽しみつつ、その世界に潜む悪夢に立ち向かう事になる。
この悪夢というのが非常に面白く上巻なんて本当にエドガーが再起する様を丁寧に描いていてこれだけで十分面白い。所々妙な箇所があるけど、それはまだ謎ってくらいで放置されても気にならない。ところがその謎のしみがちょっとずつ広がっていくのだ。純白の壁が華美に浸食されていくがごとく、南の島での楽園の様な生活はその姿を変えていく。これぞキング流のホラーの醍醐味の一つ。何の変哲も無い日常に異形が滑り込んでいく。次第に周囲を変えていく。「呪われた町」「ニードフル・シングス」なんかそうだった。「化け物を倒すのはいつだって人間だ」というのはアーカードの言だが、キングの主人公たちは特にそうだ。普通に暮らす人間たち。勿論エドガー含めて異能の才がある場合もあるのだけど敵を打ち倒すのは、いつだって勇気だった。キングのホラーが面白いのは勇気の物語だからだと思う。だから日常に暮らす私たちには共感できて、そのかっこよさにしびれるのだろう。

後半に入ってからは特に素晴らしくて久々に寝る間を惜しんで読んだ。260ページあたりの描写は本当もうゾクゾクしてしまった。やっぱりキングは面白い。長い物語だけど超オススメなので是非どうぞ。

J・G・バラード/時の声

イギリスの作家によるSF小説の短編集。
SFの中でも「ニュー・ウェーブ」活動の旗手とされる作家で独特の作風で人を惹き付ける。私も「結晶世界」(エクスペリメンタル・ドゥーム/ドローンバンドのLocrianもこの小説をアルバムの元ネタにしていましたね。)を学生の時に読んで以来、ぽつぽつと思い出したように何冊か読んでいる。

SFといえば広大な外宇宙に漕ぎ出していく人類!といった印象があるのだけど、この人はむしろ「内宇宙」に目を向けるべきだと主張し、新しいSFを模索した人でした。といっても彼の作る小説というのはひたすら人間の内面の真理のみを書いていた訳ではなくて、やはりSF作家という事もあり、なにかSF的な状況、例えば温暖化により海面上昇した世界だったり、宇宙に進出した人類が故郷である地球を顧みなくなった世界だったり、そういった特異な状況を作り出し、そこに直面する人間たちの心理状態に深く着込んでいく、そんなスタイルになっています。とはいえその手腕はSF的な状況を描くにとどまらず「楽園への疾走」(これは特異な状況を書いているのですが)などのあまり現実から離れていない世界を書くことも。
J・G・バラードの各世界は大抵破滅に向かっていて、それは世界が破滅に向かっている(前述の水没した地球などもそう)場合と、主人公となる人(たち)が色んな世界の中で破滅に向かっている場合、大まかに分けて二つある事が多い。もちろん前者の話の場合は必然的に後者も適用される訳で、そうなるといわば二重の破滅を描く非常にくらい作風になる。登場人物は皆ガリひょろというわけではなくて鍛え上げられた軍人なんて人も出てくるけど、メインとなる彼らに関しては活動的であってもその視点は内側に向いていてる、つまりどこかしら自己探求的で、内省的な一面を持っている。だから物語の進行するに従って、J・G・バラードの描く物語というのは浮かんでいくというよりは、むしろ沈降していく様な趣があって、さながら暗い沼に捕われるがごとく、それを読む側もその足をがっしり掴まれて底なしに向かって落ちていく事になる。思うにそれがこの作者の小説の魅力の一つでしょう。
この本に収められた7つの短編に関してもだいたい上記の事が言えてバラード流の破滅の口がぽっかりとその深淵を見せている。
「重荷を負いすぎた男」はフォークナーは徐々に発狂していた。という非常に印象的な一文から始まる短編。妻に内緒で仕事を辞めた甲斐性なしの男が自分の内側を一枚通して世界を眺めるうちに次第にその精神の均衡を崩していく、というまさにバラード流の破滅を描いた一遍。
「音響清掃」は音楽から聞こえる音という要素が一切排除された未来世界で過去の栄光にしがみつくかつてのプリマドンナと彼に心酔する唖の青年の組み合わせが起死回生を狙う。この物語は彼らの内面を行動で描写している趣があって、バラードのなかではとても読みやすい。結末が最高で何とも言えない味がある。SFとは単に奇異なガジェットをかくものではないという事を証明していると思う。

破滅を描くといってもその性質上、巨大な爆発それ自体が無く、その暗い未来に向かって爆走していくそんな過程を描いた作品群。暗い、暗いSFが好きな人は是非どうぞ。非常に楽しめた。

BUTCHER/Holding Back The Night

アメリカのハードコアバンドの1stアルバム。
(恐らく)自身のレーベルButcher Recordsから2015年にリリースされた。
目下のところLPがメインなんだろうけど、オフィシャルサイトからデジタル版を購入可能。私が買ったのはデジタル。

デビュー作なのだが新人ではない。World Burns to DeathというクラストハードコアバンドのボーカリストJack Controlが新しく始めたバンドだ。(ディスクユニオンのこの音源の紹介にはJackが元World Burns to Deathと紹介されているから脱退してしまったのかな…)他にはAsshole Paradeのメンバーがいるらしい。(日本のSlight Slappersとのスプリットを買った事ある。)日本のForwardというバンドのギタリストSouichi Hisatakeさんがゲストで参加している。ちなみに印象深いコラージュジャケットも日本人のTomohiro Matsudaさんの手によるもの。World Burns to DeathはHG Factからのリリースも、来日経験もあるからその繋がりかも。
私はこのJack Cotrolという人の声が好きでWorld Burns to Deathも今でも聴いたりします。吐き捨てるような男らしい(というより男臭い)ボーカルはいかにもハードコア的なんだけどいわゆるD系のバンドの猛々しい感じとは少し異なるんだよね。もっと掠れていて自暴自棄なところがある。といってもスラッジのような厭世的なものともちがって、もうすこし華がある感じ。良い声なんだ。

音的にはまさにハードコアパンクといった赴き。だいたい平均すると2分位の曲の長さ。速いしぎゅっと詰まっている。ただあくまでもハードコアパンクの形で極端に速過ぎたり、バンドサウンド意外の音を入れたりと行った事はなしの王道。まず主張があり、それを攻撃的な音楽で表現している、といった印象。飾りっけ皆無のストレートさ。ドラムは小気味よくビートを刻み、ベースはあくまでも伸びやかに。ギターの音がとにかく気持ちよい。曲の速さもあってせわしないのだが、ところどころ良く伸びている。そのぎゅーんと行った感じが飾らないのだけど、ギターという楽器の良さがぎゅっと詰まっている様な、そんな音。高音のフレーズもキンキンしていなくて耳にストレートに飛び込んでくる。Jack Controlの声はやっぱり良くて悪っぽさのなかにも何かこちらの軽快を飛び込んでくる様な親しみみたいなのがあって、ハードコアでこんな事も言うのは変化もだけどあったかい感じ。ただ勿論曲に負けないくらいの緊張感で、なにより声の太さもあって迫力満点。そんな土台に流れる様なギターリフだったり、Jackの歌のメロディアスさが良い感じにまざりあってラディカルながら哀愁のあるサウンドに仕上がっている。どの曲も怒り以外の感情にも満ちていてなんといってもそこが良い。

全10曲であっという間の21分。最後まで行ってももう一回という魅力にあふれている。カッコいいわ〜。非常にオススメのハードコアです。是非どうぞ。

2016年1月23日土曜日

Blanck Mass/Dumb Flesh

イギリスはイングランド、ブリストルのテクノプロジェクトの2ndアルバム。
2015年にSacred Bones Recordsからリリースされた。
Blanck Massはイギリスの2人組エレクトロニックグループFuck Buttonsの片割れBenjamin John Powerによるソロユニット。聴くのはこのアルバムが初めてで勿論Fuck Buttonsも聴いた事が無かったが、こちらもよそ様の2015ベストに入っていたのを視聴して気に入り購入。全くこの時期は本当に人のベストを見て音楽を買うマシーンと化している、いつも以上に。

音的には電子音で構成されたテクノ(余談だが電子音で構成されてもテクノにならない音楽が今ではもう余裕で作れるようになっているんだろうね。)ってことになるのだろう。ふっといビートの上にうわものがのっかるのは大まかにいって確かにテクノ的だが、聴いた印象はかなりロック的なアプローチで曲が作られている。ミニマルテクノの逆を行く様な饒舌さがある。はっきりとしたボーカルが入らない事、それから曲を構成する音がはっきりそれと分かる電子音である事、逆にそれらの要素をのぞくと(それらの二つが超重要な訳だけど)、曲の構成は曲によって結構ロック的だ。別にAメロがあって、サビがあるとか、そういった訳でもないのだけど、曲によっては結構明確に展開があって曲はその姿を変えていっている。それからメインとなる音自体が結構分厚くてシューゲイザー的な要素もちょっとあって、その豊富な粒子で持って空間を埋めていく様な趣がある。他の音もテクノにしては感情的というか豊かで血が通っている(それゆえ不気味でもある)暖かいものが多い。
ビートがはっきりしている分踊れる音楽ではあるのだろうけど、結構実験的な要素もあって面白い。一つは音自体が面白くてエフェクトをかけて溶解させた様な人の声だったり、結構露骨にノイズだったりを大胆に曲に用いている。それがコラージュのようなごった煮感であったり、飛び道具的な使い方ではなくて、それらの良くも悪くも強烈な音をキチンと分かった上で曲に組み込んでいると思う。だから実験的であっても曲自体は奇抜というよりはもっとしっかりしている。小器用というよりは、技術の革新によって溢れ出している音から効果的に自分の武器を選んで使っている印象だ。
前述の声のサンプリングもあって露悪的とは言わないが、奇形めいたところがあってこれは好みだろうが個人的には結構好きだ。(アートワークにもその精神が遺憾なく反映されている。)特にやっぱり2曲目は完全にキラーチューンだろうと思う。ねっとりとした嫌らしさはあまりなくてもっとからっとしている。ちゃんと人を踊らせる音をつくるぞ!というコンセプトがあるのかもしれない。

「しゃべらない肉」というタイトルは結構面白い。一つはタイトル通り肉体的な音で構成された肉体的な音楽である事。それからタイトルに反して非常に饒舌である事という観点で。ロック好きな人にも余裕でお勧めできる不気味でありつつも楽しい音楽。

BATUSHKA/Litourgiya

ポーランドのブラックメタルバンドの1stアルバム。
2015年にWitching Hour Productionsからリリースされた。
メンバーのプロフィールも人数も定かではない正体不明バンド。Metallumの写真を見るとどうも3人組のようだ。フードを被っているし、ジャケットはイコンだろうから、ただの音楽的なくくり以上にブラックメタルとしての矜持がありそうだ。海外のレビューを見るとスーパーグループなんか書かれてたりするし、名のある人たちがやっているのかもしれない。

音的にはトレモロリフを多用したブラックメタルなのだが、完全にプリミティブというには音が重厚すぎるし、プロダクションも良好。過去に敬意を払いつつ持てる武器を最大限有効活用している印象。ガツガツした攻撃的なバスドラムの音がドコドコなる様は殺傷力抜群。のどから絞り出す様なイーヴィルなボーカルも雰囲気ばっちり。トレモロリフは高音中音域のいかにもブラックメタル然としたものから、低音によったデスメタルチックなものまでその音色は結構多彩。
ここまでだととにかく攻撃的でデスメタルの要素を取り込んだ今風の音圧の太いブラックという感じで、実際そうでもあるのだが、このバンドはブラックメタルの持つ陰鬱なメランコリックさの要素をさらにぶち込む事で、派手でありながらも圧倒的なブラック目たる世界を構築する事に成功している。一つはトレモロリフが導くメロディラインの豊かさ。わめくボーカルに変わって饒舌に語りかけてくる。背景の荒々しさと前に出過ぎない事で曲全体が軟弱になることを防いでいるバランス感覚の良さ。もう一つは朗々とした低音で伸びやかに歌う宗教めいたボーカル。これが高音わめきボーカルと良い対比になっているし、曲に宗教的な荘厳さと怪しさを付加させている。聞き慣れない言語(ポーランド語かね?)ということもあって異国情緒にあふれていて非常に良い。哲学の迷路に迷い込んだ様な難解さは無くてもっと肉体的である。中速に特化したしたこともあって、やはりその影のある感じが最大の売りだろうか。曲の尺をやたら長くしたりせずに、あくまでもオーソドックスなバンドサウンドを主体に曲作りをする事で変にアートぶらない質実剛健な方向に舵を取っているところも好印象。

ブラックメタルのもつ特定の指向性を押さえつつ、音質だったりダブルボーカルだったりで倍加させている印象。正体不明のバンドというと軽薄な印象もあったりだけど、実際聴いてみるとかなり真面目な印象を受けた。メロディセンスもあって勿論くらい音楽性なのだけど、意外に外に開けていると思う。これはカッコいいな。ブラックメタル好きな人は是非どうぞ。

Regis/Manbait

イギリスのテクノミュージシャンのベストアルバム。
2015年にBlackest Ever Blackからリリースされた。
私が購入したのは12曲収録されたデジタル版。(8曲収録のレコードもあるそうな。)よそ様の2015年ベストに入っていたのを切っ掛けに購入。
RegisことKarl O'Connorは1990年代初頭から活動しているミュージシャン/プロデューサーでレーベルを運営していたりもするようだ。私はこの音源で初めて彼の音楽を聴いた。色の濃すぎる赤と青が印象的なジャケットだ。

ベストアルバムだが次作の曲は勿論他のミュージシャンの曲のリミックスも収録されている。私は唯一Vatican Shadowだけは名前を知っていて音源を持っている。(Prurientの別名義である。)
私は機械っぽい音は何でもテクノだな、とひとくくりしまうくらいの人間だが、勿論(往々にして間違っている事も考慮に入れても)その範疇には色んな音楽があるものだ。このRegisという男がならすのは流行とは無縁の無骨で暗いものである。基本はビート主体なのだが、例えばなぞりやすいメロディや突出した音使いなどの派手さはない。
金属質的な硬質さが全体を覆っていて、たとえばドローンなどの模糊とした芸術性とは明確に一線を画す。徹底的にミニマルで音の数もそこまで多くないから、極端な言い方をすれば地味という形容詞もある程度当てはまるかもしれない。もっと言えば暗い、潜行する様な内省的な雰囲気をたたえている。ノイズを効果的に用いているが、その使い方はとても繊細で、目を引く分ともすれば曲自体をただの”ノイズ”でしかないものに落とさない。しっかりとその手綱を握って精緻でカッチリした曲作りをする印象。細かい音使いがキラリと光り、例えばミニマルな曲でも後ろの方で儚い追加の音が次第にその勢力を拡大していく事で、微妙に曲が進行するに従いその形を変えていく。あれ?と思うと曲が終わってしまったりして、中々どうして天の邪鬼めいた印象もある。
幻想譚を書くなら確固たる言葉で書かねばとかの澁澤龍彦さんはおっしゃったそうだが、このアルバムに収録されている音はどれも硬質でハードな音、現実的に力を持っている音で構成されているが、ミニマルさもあって暗いトンネルとなってとても不思議な世界に導いてくれるようだ。
とにかく「Blood Witness」がカッコいい。バージョン違いで2曲分収録されているがどちらも甲乙付けがたくかっこいい。ということは曲は勿論、その素材となる音の作り自体が良いのだろうと思う。
一見すると異様さに驚愕する様な無愛想さだが、よくよく聴いてみるとその精緻さに驚くアルバム。ベストってこともあってきっと入門編にも良いのではと。

2016年1月11日月曜日

GREENMACHiNE/The Archive of Rotten Blues+1 -complete edition-

日本は石川県金沢のハードコアロックバンドの3rdアルバム。
オリジナルは2004年にDiwphalanx Recordsからリリースされた。私が購入したのは再発版でこちらは2015年に同じレーベルから装いも新たに発売された。内容的には1曲追加され、Eternal Elysiumの岡崎さんがリマスタリングを全曲に施している。私はディスクユニオンの店舗で購入したのだが、結構大きい缶バッヂがついてきました。(カッコいい)
GREENMACHiNEは完全に後追いで活動停止後に再発の1st、2ndを購入。3rdを買うかと思っているうちにこちらも再発された感じ。

GREENMACHiNEはハードコアロックだ。なんせオフィシャルがそういっているからそうなのだ。音楽的には確かにロックな感じも強いのだが、スラッジの要素が色濃くあって特に前2作ではときに陰惨とすらいえるくらい(そういえば「D.A.M.N」のオリジナル版のジャケットはとてもスラッジだ。詳しくは画像検索してください。)容赦がなかった。今作に関してはスラッジの要素は勿論あるのだが、よりロック色がつよくなった。スラッジ分が減退した訳ではなくて、それぞれのメリハリがくっきりしたという印象で、ちょっと後述します。
ロック色は音の重厚さはそのままによりソリッドになった。分厚い音波がグルーヴィなうねりになって来て背中を推してくる。ギターの粒子の粗いざらついた音が気持ちよい。ベースは下品なくらいの低音。例えば1曲目の「Black Summer」はイントロだけでも十二分聴かせる。速度は中速くらいなのだろうけど、ドラムの手数も多いし、体感ではもうすこし速め。スラッジを通過している演奏陣はタメのある演奏感でタテノリを生み出していく。しゃがれたボーカルはスラッジ特有の自暴自棄感がはいっていてハードコア/ロックの生き急ぐかんじにぴったり。ラフな雰囲気なんだけど決めるところがしっかりしているので荒々しい中にも整合性があるのだろうと思う。
とにかく10曲目「Hammer and Burner」はそんなGREENMACHiNEのロック的アプローチが結晶化したみたない曲で滅茶苦茶かっこよく、なかでもアウトロに入るところが好きすぎる。イントロが良い曲はいっぱいあるけど、アウトロがかっこいいというのはそんなに無い気がする。なんだろう余韻があるのが一因だとおもうがよくわからない。すごいリピートしていたのだが、よくよく聴いてみると4曲目「Into the Bigsleep(Red Eye Pt.3)」と8曲目「Path Bloody Path」もすごいよい。これはそれぞれ9分、8分という長い尺の曲で(特に前者は)完全にスラッジに舵を取っている。メリハリがきいているというのは一つにこれらの曲でもって、ぶっとい音圧で持って巨大な鉄壁を作り出している様な圧倒的な感じ、壁を前にして途方に暮れる様なあの感じがとにかくたまらない。壁かもしくは崖がわからないが、とにかくその無慈悲さに途方に暮れる様な、そんなイメージ。後者の方はそんな圧倒的な風景の中にもどこかしら悲哀のようなものがあって、哀愁のあるギターのソロやフレーズがとても感情的だ。この曲後半の流れが特にすきだ。

聴いたのが本当にねんまつだったからあれなんだけど、これは2015年ベストにあとからいらさせてほしいくらい。超絶オススメなのでみなさん是非聴いてみてください。
春には復活後初めての音源がリリースされるのだけどとにかく楽しみでならない。

細胞彼女/細胞宣戦

日本の関西を活動の拠点にするアイドルユニットの1stアルバム。
2015年にPoptableからリリースされた。
フロントに立つのはうてなゆきという女の子。
twitterでなにかと話題になりがちなアイドルユニット。結構ハードコアだったりメタルだったりに偏っているフォロワーさんが多い中で色々な方の口の端に登るのが気になり、視聴を経て購入。最近だとOzigiriさんがMixを公開したり(細胞粉砕Mixというタイトルに粉砕するのかよ〜と笑った)、元Megadethのマーティ・フリードマンさんが「細胞彼女は日本のNapalm Deathだ!」と称したとか。元々私はなんとなく良い大人がアイドルとかちょっとな…と思ってしまうくらい頭が古いのだが、群雄割拠のアイドル戦国自体の現在なら彼女(とどちらかというと制作サイド)たちが色々な付加価値を付けてくるのは必然で、所謂正統派がやらないようなことにも手をつけてくる、そうすると色物が出てくる中で面白い人たちが光りだす、というのは自然な流れかもしれない。例えばメタルと融合したBabymetalなんかは(私もライブを見に行ったが)日本にとどまらず人気を獲得している訳です。そう考えるといい加減「良い大人がアイドルとかwww」とか音楽好きですを自称する様な人種が言っている状況の方がサムイのかも知れませんね。(乗るのか批判するのかは自由ですが、さすがに黙殺するのは無理があるのかも。)

音楽としては電子音を主体としたメロディアスなポップソングという事になるのではなかろうか。ただ例えばPerfume(私何曲か持っているのです)みたいに洗練されたものではなくて、具体的に言うと音の数が圧倒的に細胞彼女の方が多い。Napalm Deathと称されるのも頷けるくらいメタルなどの激音を意識した作りになっている。ギターの様な(本当に生音なのかシンセ由来なのかは判別つかないので)がっつりした音の塊が入っている。(5曲目は分かりやすくてこれは完全に流行っぽいメタリックなリフに仕上がっている。)そしてドラムは速く、手数が多い。こちらもさすがに完全に生音風にするとそれはもうメタルにしかならないので(好きな人は好きだろうが間口は圧倒的に狭くなってしまう)、電子音と明らかに分かるものに調整されている。(それでも6曲目なんかはバスドラが非常に重たい。)ただ手数は多い訳で速さも相まって過激なブレイクコアに聴こえる。
モッシュパートみたいなのもあってライブでは盛り上がるかもしれない。(一体どんなになるのだろう)
勿論かわいい女子が歌う訳でデス声なんてもってのほかで速いパートはまくしたてる様な早口で言葉を繰り出してくる。ボコーダーなのかどうかも分からないが曲やパートによっては声にもエフェクトをかける。最大の特徴というわけでもないだろうが、どんなにはっちゃけてもサビだけはひたすらメロディアスでキラキラしていて可愛い。やっぱりアイドル的なカタルシスが必要なんだなと思う。ギャップがある分映えてくるというのもその感を強めている。
歌詞は難しい漢字なんかを織り交ぜながらちょっと可愛い感じ(それとも不思議な感じだろうか?)に仕上げている。これはあんまりアイドル調だと拒否反応を起こしてしまう(私のような)人もいるだろうから、結構よい選択ではないだろうか。あと結構韻を踏んでいて気持ちよい。文学的というか語感の気持ちよさを重視しているのだろう。

普段こういった音楽を聴かないので新鮮。個人的にはとても良いと思います。なんとなーく寂しい感じがする3曲目が気に入ってます。気になっているメタラーはこっそり買ったら良いのではないでしょうか。

ユッシ・エーズラ・オールスン/アルファベット・ハウス

デンマークの作家によるミステリ小説。
ユッシ・エーズラ・オールスンといえば北欧の優れたミステリにおくられるガラスの鍵賞を獲得し、映画化もされた「特捜部Q」シリーズが有名で日本でも6作目までが翻訳されている。かくいう私もファンで目下のところ出ているものはすべて読んでいる。
この本は作者のシリーズ物ではない単発もので、小説家としてのデビュー作。(小説を書く前にノンフィクションの本を少なくとも2冊発表していたそうだ。)1997年に発表された。作者の人気の隆盛に合わせて外国でも翻訳されるようになったとの事。

第二次世界大戦末期イギリス軍のパイロットであるジェイムズとブライアンは密命を帯びてドイツ領空にマスタング(アメリカ軍との共同作戦のためアメリカの戦闘機に乗る)で侵入する。そこで撃墜された絶体絶命の状況に追いつめられるが、砲弾ショックで精神に異常を来したドイツ軍のSSに成り代わる事で状況を乗り切ろうとする。しかし2人が搬送されたのは通称アルファベット・ハウスという孤立した病院施設。電撃治療や精神を鈍麻する薬、なによりも詐病が見つかれば即死刑、という過酷な状況だった。さらに同じように病気を装う悪徳将校らに目をつけられてしまう。2人は脱出出来るのか…

デビュー作だが舞台は本国デンマークではなく、まさかのナチもの。
二部構成になっていて、前半があらすじの通りの戦時中の話。それから後半がいわば本番という訳でミュンヘンオリンピックが開催される1972年で、からくもアルファベット・ハウスを脱出したブライアンが親友ジェイムズを探しにいくというもの。そう、ブライアンだけは地獄の様な環境から逃げる事が出来たのだ。ただし一人で。作者ユッシ・エーズラ・オールスンは後書きでこう書いている。「これは戦争小説ではない。『アルファベット・ハウス』は人間関係についての物語である。」
前半の描写の凄まじさは中々筆舌に尽くしがたく、戦況が悪くなって来たドイツに余裕のあるはずも無く、また技術・知識も今とは異なりまともな治療が行われているとは言いがたい。なにせ病気を装っている訳でばれたら死ぬ。おまけに悪徳将校たちは自分たちの保身のためブライアントジェイムズを執拗に殺そうとしてくる。精神を病んだ人を装うというとそんな無茶なと思うかもしれないが、主人公の2人は大真面目な訳で文字通り命を削ってほぼ1年そんな生活を続けていく訳だ。
ブライアンは辛くも脱出するわけだが、罪悪感に苛まされ続け、手を尽くして親友ジェイムズをさがすものの効果は上がらない。(脱出してすぐに終戦を迎えたため銃後の混乱でアルファベット・ハウスも闇に葬られ、探索が著しく困難になった。)とはいえ本国に自分が探しにいく勇気はなかったのだが、とある切っ掛けで28年ぶりに自分の過去と向き合うことになる。28年前は逃げ出した悪徳将校たちと今度は正面切って対決する事になる訳だ。作者はデビュー作から緊迫した相手側との応酬を書く事に長けている。流石という展開に手に汗握る訳だが、本筋はブライアンとジェイムズの関係な訳で。人間の内面の暗さを深く描いている「特捜部Q」シリーズを読んでいる人ならそんな彼らの再会がどんなものになるかはある程度想像がつくのではないだろうか。
一人で逃げたブライアンを批判できるのはジェイムズだけだろう(状況を鑑みれば仕方の無い事だという意味で)、ブライアンは当然親友に対して罪悪感があるわけだから、ある意味ジェイムズだけが許されるチャンスなわけだ。勿論彼自身を救出することがブライアンの目的である訳だけど、そこに許されたいという利己的な気持ちが介在しない事も無く、そのせめぎ合いが物語に苦みを与えて何とも味わい深いものにしている。

精神病等の閉鎖された空間内での肉体的にも精神的な不潔さ。そして高きから低きに流れる暴力の陰湿さ。萎縮し、対抗していく健全な精神がいかんなく書かれた前半と、苦みばしった後半と、なかなかよくも悪くも読み応えのある一冊になっている。ナチものが好きな人はユダヤ的な成分がそこまで入らないこの本は中々変わり種になると思う。デビュー作という事もあって「特捜部Q」よりはむきだし感がつよい印象。前半は描写が辛かったが脱出計画が動き出す中盤からは一気に読めた。

2016年1月2日土曜日

岸本佐知子編訳/居心地の悪い部屋

翻訳家でエッセイストでもある岸本佐知子さんがセレクト、訳した短編を集めたアンソロジー。岸本佐知子さん自体は知らなくて、多分翻訳も読んだ事が無いと思う。Amazonでお勧めされたのを気になって買ってみた次第。

なんといってもタイトルである。「居心地の悪い部屋」。インパクト大。このタイトルは岸本佐知子さんが付けたものだと思う。収録されている作品のテーマを端的に表現しており、なによりその言葉の語感の印象も強く良いタイトルだと思う。
全部で12の短編が収録されているのだが、敢えてカテゴライズすればホラーか幻想の分野だろうか。イマイチはっきりしないのはどの作品も独特の味があるのだ。恐怖や不安を扱っている作品が多いし、たしかに血も流れるのだがどばどばではないし、流血沙汰自体を書いている作品は無い(と思う。つまり恐怖小説ではあるが流血行減は手段にすぎないという書き方)。それでは幽霊かというと確かに超常現象を扱っている短編はあるし、なんとも常識(や科学)で説明のつかない物語もある。しかしはっきりと異形のものどもが出てくるかと言われるとそうでもない。ようするにどれもはっきりとしないところがある。はっきりとしないのだが、それは言葉にする事が難しいわけで怖くない訳では全くないのがその持ち味だ。(カテゴライズが困難であることはどれも凝った物語である事の証左であるかもしれない。)不条理と言っても良い。シュールとは少し違う。どれもある程度(8割かそれ以上くらいの印象だが)は非常に現実的である。ただそこから先が霧の中だ。物語によっては唐突だったり、それとも始めから少しだけずれている。とらえどころが無い。ただはっきりと説明できないし、不安である。そんな嫌らしい短編が集められている。ここでもう一度タイトルに戻る。「居心地の悪い部屋」である。たとえば「恐ろしい部屋」「血塗られた部屋」「呪いの部屋」「暴力と殺人の部屋」「悲しみと苦しみの部屋」なんかとは一線を画すのだ。なんか直接的ではないけど、不快である。可能ならば立ち去りたいのだが、何となく説明できないから言い出しにくい、そんな感情が「居心地の悪い」に集約されている。

ちょっとこれは問題がある書き方である事は自覚しているのだが(理由は後述)、ひょっとしたら女性の方が選定しているからこういうラインナップになったのかなと思った。というのもこの手のジャンルは大好きだが、この本は勿論ホラー・幻想のカテゴリに入るものの今まで読んだアンソロジーと一線を画す。思い返してみると私が読んだアンソロジーの編者は男性が多かったように思う。中村融さんや東雅夫さん、西崎憲さんなどなど。現実的なのに(ここが重要!)全体的にはっきりと言葉で表現しにくい、というのは女性っぽく思えた。男性はよくも悪くも分かりやすいのかも…と思うのだが、単に私の読書量が足りないので女性である岸本佐知子さんのこれ一冊で判断するのはいかにも早計であるな。じゃあ書くなという話なのだが、なにとぞご容赦ください。女性が編んだアンソロジー、もっと読みたいものです。

何とも言えない気分になって、そういうのは嫌いではないので楽しく読めた。もやもやしたのがOKってひとは是非どうぞ。

2016年1月1日金曜日

submerse/Stay Home

イギリス出身で今は日本の東京に在住のトラックメイカーの2ndアルバム。
2015年にProject: Mooncircleからリリースされた。レーベルのBandcampからデジタル版を購入。界隈では有名な人なのだろうが私は全く知らなかった。Ghzのブログでメチクロさん(ドロヘドロの単行本の装丁などを手がけるクリエイターの方)が2015年のオススメとして紹介していたのを切っ掛けに購入。

まだ若い人で音楽に限らずアニメやゲームなどの日本の文化に触れて興味を持ち、来日したそうだ。
ジャンルとしてはダウンテンポなアンビエントトラックを作っている。ほぼほぼインストになっている。ジャケットが秀逸で楽曲を良く表現している。つまり都会的だが暗くて、キラキラはしているものの内省的で孤独(メチクロさんは端的にこの音楽性を表現している)である。アンビエントの要素はあるもののビートがしっかりしているので非常に取っ付きやすい。この構造からもエレクトロニカの要素を持ちつつ、ヒップホップ(インタビューを読むに子供の頃はヒップホップ漬けだったそうだ。)が土台になっている事が分かる。ビートは分かりやすくシンプルだが、下品にならずに程よいバランスで曲の土台を支えている。メロディはあくまでもフレーズに上手く閉じ込められている。同じように声の要素は入っているがボーカルというほどではない。エフェクトがかけられていて”誰でも無い感”(匿名性?)が徹底的に演出されるので、曲が導くイメージがあくまでも聞き手にゆだねられている印象でここがとても良いなあと。日本語の公共の乗り物のアナウンスなんかもサンプリングされている。(割と聴くよね、この類いの。やはり特徴的なのかな?)
学生の時に買ったCauralにちょっと似ていると思った。ゆっくりしていてでもキラキラしている要素がある。全体的に夜という感じで夜のドライブに良く合うかもしれない。(私は免許取得以来何年も車を運転していないのでちょっと試せないが。)
1曲も短めでアルバムを通しても7曲しか無いのですっと聴ける。個人的にはもう少し(跡2曲くらいは)聴けても良いかなという気持ち。

お洒落な音楽である事には間違いないだろうが、真摯な作りで万人が聴けると思う。オシャレと揶揄しないでまずは視聴してみてはいかがでしょうか。私は普段あまり馴染みも無いジャンルなのでバランスを取る意味でもとても気に入った次第。

FAILURES/Decline and Fall

アメリカはニューヨークのハードコアバンドの2ndアルバム。
2014年にメンバーの運営するYouth Attack Recordsからリリースされた。
2006年に結成されたいわゆるスーパーグループでCharles BronsonやCancer Kidsらのメンバーが所属する。ボーカルのMark McCoy(この人がレーベルのオーナーでもある)は元Charles Bronsonのボーカルで私はこのバンドが大好き(完全に後追いでディスコグラフィー盤を一枚持っているきりだが…)なので、このバンドの音源にも手を出した次第。レーベルのBandcampからデジタル形式で購入。

全部で14曲収録されているがほとんどの曲が1分前後でアルバムと通して14分と34秒である。相当はやいハードコアということで前述のバンド名からしてパワーバイオレンスが想像される。なるほどその要素が無くはないけどどちらかというと超速いハードコアパンクという感じ。以前日本のバンドのどなたかがCharles Bronsonをこう称していたことがあってなるほどなと思ったんだけど、やはりそこに相通じるものがあります。Last.fmだとThrashcoreやカオティックハードコアのタグを付けられいてなんとなく音の方もイメージできるのではないかと。
ギターの音がとにかく変わっていてこの手のハードコアにしてはちょっと珍しい。分厚くざらついた音を出すバンドが多い中でこのバンドのギターサウンドはかなり生々しい。(実際にはエフェクターを使用しているのだと思うのだが)あまり加工していない音に聴こえる。音の厚みに関しても極端にブーストをかけている訳ではないと思う。弾き手の感情がダイレクトに表現される様な素直さがあって、コード感がすごくある。つまり複数の音(和音)が同時にならされている感。だから音色がとても豊かだし、尖っているというよりは広がりがある。ただしこれが激烈な速さで演奏される。おまけにかなり複雑に弾いて回る訳で、速い曲に合わせてリフがめまぐるしい。ここがカオティックと称される由縁だろうと思う。
ここにマッコイのまくしたてる様なボーカルが乗る。Charles Bronsonはボーカルの声質にやんちゃな愛嬌があったけど、こちらはもっとハードコアなボーカルもあってかよりシリアスに聴こえる。ただ持ち味は健在でやっぱり唯一無二。変則的な演奏に結構ぴったり合う。
せわしないという形容詞がぴったり合う。ちょっとThe Locustにも似ているかもしれない。ピコピコは勿論していないのだが。

ちなみにカッコいいジャケットはマッコイさんの手によるものだそうな。
Charles Bronson好きな人は是非。(多分もう聴いているだろうけど)