2017年6月18日日曜日

デニス・ルヘイン/コーパスへの道 現代短編の名手たち1

アメリカの作家の短編小説。
早川書房の「現代短編の名手たち」というシリーズの第一弾。このシリーズ他にはジョー・ランズデールをよんだことある。
もともとデニス・ルヘインは好きな作家であるのだけれど、この今となっては絶版になっている短編集は読んだことなくてtwitterで面白いよ!ということだったので買ってみた。これで一応日本で翻訳・発売されているデニス・ルヘインの本は全部読んだことになると思う。一番有名なのは映画化された「ミスティック・リバー」なのだろうか。ミステリー、ハードボイルド好きな人ならパトリック&アンジーシリーズは有名だろう。犯罪を犯す側、それを追いかける側の物語を書くことが多い。ディカプリオ主演で映画化された「シャッター・アイランド」なんかは犯罪と扱いつつも作者の新境地を切り開いた作品ではなかろうか。トム・ハーディの「クライム・ヒート」(原題「The Drop」)や、べん・アフレック主演の「夜に生きる」など主たる作品の映画化も続くし、本国での人気がうかがえる。日本ではどうなんだろう??

さてこの短編集には7つの短編が収められている。そのうち一つは俳優をやっている兄のために書いた戯曲で、これはその性質上地の文がなくてほぼ台詞のみで構成されているからちょっと異色といっても良いかもしれない。それ以外の作品はルヘインのお得意の犯罪を扱った小説。特徴として犯罪を犯す人が街のギャング止まり、というかプロの犯罪者というのはいなくて、一般人、もしくはチンピラくらいだろうか。若者が主人公になっている作品も多くて、そういった意味ではパトリック&アンジーシリーズの初期の作品に通じる雰囲気がある。重厚な長編を書く人なのでどの短編も長編とは趣がはっきりと異なり、どれも起承転結がやや曖昧である(話も多い)。扱っている時間が割と短めなので主人公たちも小説中で起こる出来事にはっきりとまだ意味や意義を付与できていない感じがあり、それが不思議な味となって読者の口に運ばれてくる。
オフビートな会話の中にも根っからの悪人(根っからの犯罪者ではなく、人生のある地点からドロップアウトしたという設定が非常に面白い。)である父親とムショ帰りの息子の対決を描いた「グウェンに会うまで」は非常に強烈だ。水面下では生き死にがマジで関わった火花がばちばち音を立てている。それをとぼけた会話の応酬で覆っているのだが、この緊張感がめちゃくちゃ怖い。ある意味更生する話だったのに、結局暴力から逃れられないような筋もルヘインらしくて良い。
そんな中でも一番気に入ったのは冒頭を飾る「犬を撃つ」だ。これに出てくるブルーという主人公の友人が素晴らしいんだ。歳食ってさすがに思春期と同じように本を読んで「自分みたい」って登場人物に感情移入することは減ったと思うんだけど(読む本の種類が変わってきたこともあるかもだけど、そういった意味では若いうちに名作と呼ばれる本を読むことはとても大切だと思う!!別に年取ってから読んでももちろん良いけど。)、このブルーというやつはあまりに冴えないやつで久々に読んでて心臓にビシビシきた。こいつはチビで顔も醜く、ひどい環境で育ち大人になっても貧しいまま。主人公以外は友達がいなく、当然女の子と付き合ったことなんかない。ビッチみたいな女(結婚してるし、主人は彼女と寝てる。ブルーもきっと気づいているんだろう。)に子供の時からずっと恋をしていて、それは年を経てグロテスクな崇拝になっている。まさに現実生活から微妙にずれている”ミスフィッツ”なわけだ。重要なのは彼はみんなに嫌われているわけではない。変わり者だが無害な奴と思われていて、要するに誰の記憶にもきっちり残らないような存在感なわけだ。そんな奴が暴力にその逃げ場を求めていくのはわかるよね。ちなみに彼は銃には異常に詳しいのだけど、身体的に徴兵検査を落とされている。この世界との不調和をルヘインがブルーの”ギクシャクした体の動き”で表現しているのだけど、これがすごい。
武器を操作しているときは別だが、ブルーは動きが突発的でぎくしゃくしている。震えが四肢を伝わり、指がものを落とし、肘や膝が細かく動きすぎ、硬いものに思い切りぶつかる。血の流れが速すぎて筋肉が脳の命令に従うのが四分の一秒遅れ、ついでその遅れを取り戻そうと速くなる、という感じだった。
なんてったって自分にも覚えがあるんだよね。いつもどこか緊張していて変な動きになってしまう。私も昔そんな自分の動きを「変だね」と指摘されたことがあるもんで。いわばこいつは悲しい奴なんだ。いっそのことカジモドくらい醜かったよかったのかも。「どうでもいい奴」でいることは悪人でいることより辛く、そして惨めだから。ルヘインの描写は執拗で弱い者の立場に立つ、というよりもはやいじめている側では??ってくらい私からした心にくる。ブルーが一体どうなるのか、それはもう予想通りな訳なのだけど。それが辛く救いがなく、そしてよかったのでは、とすら思ってしまうほど悲しい。彼はいい友達を持ったのだと思いたい。ブルー最後はどう思ったんだろう、きっとわかっていたのだろうと思うけど。この「犬を撃つ」だけでも十二分に読む価値があるよ、本当にね。
かなりの歳になって男の胸にわいた希望は非常に危険だ。希望は若者や子供たちのものだ。希望は、大人の男にとって-特に、ブルーのような、ほとんど希望に馴染みがなく、それが訪れる見込みのない男には-そうした希望は、潰えるときに焼けて血を煮えたぎらせ、その後に、何かたちの悪いものを残すのだ。

個人的には素晴らしい読書体験。本を読むってこれだから楽しい(別にうわーいって楽しくは全然ないんだが、むしろ辛い)と思う。是非どうぞ。

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