2018年4月15日日曜日

レイフ・GW・ペーション/許されざる者

スウェーデンの作家による長編小説。
この物語の主人公ヨハンソンの設定は面白い。あまり他に類を見ない。まずすでに定年を迎えた老人であること。それから現役時代は制服警察官から始まり国家犯罪捜査局の長官にまで上り詰めた有能な男であること。警察小説では概ね出世すればするほど嫌われるものだけど、引退した今でも現場からは厚い信頼と好意をむけられていること。自信家で頭の回転が早く、口が悪いが友人には恵まれていること。妻は20歳年下の銀行の頭取であること。家族は裕福で自分も警察意外の会社の役員であること。普通警察小説の主人公たち、あるいは彼もしくは彼女と組むことになるパートナーというのは敏腕であるがどこかしら社会性を欠如している人物であることが多い。同じく北欧のヘニング・マンケル(RIP)による刑事ヴァランダー・シリーズや、ユッシ・エーズラ・オールスンの特捜部Qシリーズなどなど。これは犯罪事件の解決に、1人の人間である刑事が抱える個人的な問題の解決(あるいは未解決)をダブらせることで物語に深みを与える手段でもある。だからこうやってともすると読み手に嫌な気持ちを持たれてしまうような、完璧な人物を配置することは普通やらない。ペーションは持てるものである主人公を老人にすることで、さらにそれゆえ(老衰ではなくて体にガタが来ているという意味で)死にかけている(主人公ヨハンソンは脳梗塞で倒れて右半身が麻痺している。)という属性を付与することでそんな批判的な感情をうまく回避している。さらに主人公が老齢ゆえの物語の機能的な「苦味」がうまく走るように巧みに物語を設定している。

警察組織に属さない、体もうまく動かないので安楽椅子探偵のような趣で、警察組織の面倒なしきたり(縄張り争い、無能な上層部の入れるチャチャなど)から開放されていて、好きに動ける。それに尊敬を集めているがゆえに警察の機能は無限に使える。金持ちの兄、トラウマを抱える腕っ節の強いロシア移民の若者をチームに入れて、いわばチート状態で事件捜査に乗り出すわけで、そういった意味では警察小説というよりは探偵小説のか形式なのかもしれない。兎にも角にもそうすることで色々なしがらみから解脱した結果捜査のテンポがあがり、ただただ目の前の時効を迎えた殺人事件にフォーカスされている。
犯人はわかっても法的な精査を課すことができないので、当然主人公は彼/彼女の殊遇について一体どのような判断を下すのか、というところが犯人は誰か?という根本的な問題に加えて読者の楽しみになる。これは大きい。章ごとの冒頭には「目には目を」というあの有名な警句を配置し、またトラウマを抱えたロシア人を主人公のそばに配することで暴力的な解決方法(それが読者の望みの一つでもある。)を目の前にチラチラさせる、というこなれた書き方である。(ペーションの小説が日本で発売されるのはこの本が初めてだが、本国では国を代表する作家だそうだ。自身警察官ではないが警察で働いたこともあり、犯罪学の教授でもあるそうだ。)

強気に振る舞う主人公にとってこの事件の操作が大きな楽しみであると同時に、大きな負担になっていることは作者は直接的に書かない。(ロシア人の若者がちらほら心配する様子を書く程度。)ここのバランス感覚が個人的には好きだ。つまりただ文字を追うのではなく、その情報を組立てて頭のなかで完成する物語が。忠臣蔵を紐解くまでもなく、古今東西西洋登用問わず、人間というのは復讐譚が好きなものだが、そのきれいな物語は実際どのような味がするのだろう、というテーマを非常に真摯に(そのテーマについて作者が直接的に登場人物の口から語らせている描写は皆無である)描いている、と思った。面白かった。

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